[オークション終了]アルブレヒト・デューラーの版画

今、ちょうどアルブレヒト・デューラー版画作品のオークションが、クリスティーズ、ロンドンで開催されていますので、その素晴らしさに触れておきたいと思います。 ダ・ヴィンチやラファエロといったルネッサンス絵画がとんでもない高額なのに比べて、デューラーの版画であれば、何十万円単位の作品もあり、購入を検討できるという楽しみもあります。 アルブレヒト・デューラーについて アルブレヒト・デューラー、『自画像』、1498 年(26歳)、プラド美術館 アルブレヒト・デューラー(1471〜1528)は、ドイツ、ニュルンベルク出身の画家、版画家、科学者、人道主義者です。 イタリアへの旅を通じて、アンドレア・マンテーニャ(1431〜1506)やジョヴァンニ・ベッリーニ(1430〜1516)の影響を受け、ルネッサンスをドイツへ持ち込むとともに、イタリアでも高い評価を得ています。北ヨーロッパのレオナルド・ダ・ヴィンチか、ラファエロかと言ってもいいかもしれません。 デューラーは、画家としても優れていましたが、彼が追随を許さない圧倒的な才能を開花させたのは、何と言っても版画です。 デューラーの父は、ハンガリーから移住した熟練した金細工師で、その18人の子供のひとりとして生まれました。彼の祖父も、金細工師から、印刷業、出版業へと成功しています。 その恵まれた遺伝子と環境を開花させたのは、彼がわずか13歳の時でした。その確かな腕で彫られた線描には驚嘆するしかありません。 アルブレヒト・デューラー、『自画像』、1484 年(13歳)シルバーポイント(銀尖筆)、アルベルティーナ美術館、ウィーン デューラーの出世作 デューラーの出世作は、木版画シリーズ『黙示録』です。 黙示録とは、1世紀後半に新約聖書の最後にあるヨハネが書いた聖典です。彼がパトモス島で見た世界の終末、人類の運命についての啓示を記しています。 15世紀末のドイツは、伝染病、農民一揆、宗教的対立など不穏な空気に包まれていたため、デューラーの『黙示録』は多くの人々の心をつかみました。 15シートから成る『黙示録』の4番目で、最も有名なのが『四人の騎手(四騎士とも)』です。2019年1月クリスティーズのオークションで、 61万2,500ドル(日本円で約6615万円)で取引されています。 アルブレヒト・デューラー、『四人の騎手』、黙示録シリーズより、1498 年、397×286 mm、木版画、メトロポリタン美術館、ニューヨーク 四騎手は、キリストが封印した7つのうち、4つを解いた時に召集され、剣、飢饉、野獣、伝染病をもたらす最後の審判への前兆です。 木版画とは信じられない流麗な線に魅了されます。それぞれの人物の表情の豊かさにもご注目ください。モノトーンな版画にもかかわらず、色がついているかのように多様な線で楽しませてくれるのが、版画の魅力です。 円熟期の始まり 木版画シリーズ『黙示録』から数年後、デューラーは、理想的な人間のプロポーションを彫れる技術を習得したことを証明します。 アルブレヒト・デューラー、『アダムとイヴ』、1504 年、251 x 200 mm、エングレービング、メトロポリタン美術館、ニューヨーク デューラーは、ダ・ヴィンチと同様に、人間のプロポーションについて熱心に研究していました。…

相次ぐ絵画修復ミスが痛い

美術館で働いていた頃、修復室は神聖な領域のように感じました。 バルトロメ・エステバン・ムリーリョ、『無原罪懐胎』、1660 〜 1665年、206 X 144 cm、プラド美術品 なぜなら、世界に一点しか存在しない美術品、時には神の化身のような作品に触れていくからです。 現実的にも、修復室はいつもきちんと整理整頓されていて、修復士は静寂の中で、絵画の1平方センチあたりに長い時間をかけて加筆していました。 何十年の経験があったとしても、決して王道があるわけではなく、個々の作品の状態を鋭い観察眼で観ながら判断しなければならない緻密な作業です。 上のバロック画家バルトロメ・エステバン・ムリーリョ作『無原罪懐胎』の複製画は、スペインで家具修復士の手を経て、その聖母マリアの顔は無残な状態になってしまいました。費用は、1200ユーロ(約14万5千円)でした。 バルトロメ・エステバン・ムリーリョ、『無原罪懐胎』複製画の修復 (c)Europa Press もう元には戻せないほどに、完全に別物です。 修復歴30年のキャリアを持ち、16〜20世紀絵画保存に関わってきたリサ・ローゼンは、次のように話します。 「歯の治療に木工所に行ったのと同じ…でも修復士の気持ちは分かるわ。もう少し、もうちょっとと思いながら、やり過ぎてしまった」 「修復士は原画の筆使いを一筆一筆真似なければならないの。自我は忘れなければならない」 スペインだけではなく、日本でもある有名な鎌倉時代の絵が激変してしまったことが話題になったことがあります。その絵も、やり過ぎたようで、ベタっとした厚塗りになっていました。 いかに自我を押さえるか。修復の仕事は奥が深いことこの上ないです。

アートが観たい気持ち どうする?

アートを観るための空間は、三密を作りやすい。というわけで、以前のように美術館・アートフェア・オークションに気軽に立ち寄れるようになるにはしばらく時間がかかりそうです。 そんな中、コロナにプッシュされて、アートのデジタル化が眼を見張るほど急速に進んでいるのも事実です。その一部をご紹介しましょう。 Google Arts and Culture すでにご存じの方も多いと思いますが、世界の美術館を覗けるツアーから、名画のクロースアップ、美術展ツアーまで高解像度の美しい画像で楽しめます。あっという間に時間が過ぎてしまいますのでご注意を。それに毎週、新しいトピックで更新されているので飽きません。 個人的に気に入っているのは、Art Cameraです。ピーター・ブリューゲル・エルダー 作『バベルの塔』の精密な画像の中にズームインし、絵の中の世界に入ったかのような体験できます。 ピーター・ブリューゲル・エルダー 、『バベルの塔』、1563年頃、ウィーン美術史美術館 CR: Google Arts and Culture ホイットニー美術館 現時点で最もデジタル化が進んでいる美術館のひとつが、ホイットニー美術館です。美術展から、映画、教育プログラムまで完全にオンラインで参加できるようになっているところが素晴らしい!美術展カタログまで、世界中のどこにいても閲覧できます。 オックスフォード現代美術館 コロナでキャンセルとなった美術展は、いち早くバーチャルリアリティによる展覧会に変更されています。実際に美術展を訪れたように、観覧順路を辿ることができます。 現在公開中なのは、アメリカ人アーティストであるキキ・スミスのタペストリーを展示した"I am a Wanderer (私はさすらい人)"です。 CR: Art Modern Oxford…

ゴッホ絵画盗難のなぞ

『春のヌエネンの牧師館の庭』Photo by HANDOUT/Marten de Leeuw/EPA-EFE/Shutterstock (10597392a). 2020年3月30日、フィンセント・ファン・ゴッホ(1852-1890) の167回目の誕生日の午前3:15頃にその事件は起こりました。 オランダ北部、ラーレンにあるシンガー・ラーレン美術館から、『春のヌエネンの牧師館の庭』(1884年作)が盗まれました。 オランダ国内のコロナ感染拡大を受け、美術館は3月12日から休館中でした。人々がコロナへの懸念に心奪われている隙を狙い、しかも玄関のガラス製ドアを破って侵入するという大胆な犯行でした。 シンガー・ラーレン美術館 ところで、絵画の盗難は繰り返されます。犯人像は、ほぼ3通りしかありません。 その特定の絵画が好きで盗む素人その特定の絵画が欲しい人から依頼されたプロお金儲け目的で盗むプロ・素人 ただ3つめは、有名な絵画を換金すれば足がつくということは当然知っているでしょうから、現実的な可能性として大部分を占めるのは1と2です。 起こりやすいのは、2でしょう。そして警察も盗みのプロやその関係筋という観点から、ある程度ルートを追いやすいのです。 難しいのは、1です。犯人が明らかな痕跡を残していない場合は、犯人像が絞りにくいのです。今回の犯罪は、ゴッホの誕生日に行われたことから、なんとなく1の可能性もある気がしてなりません。 しかしながら、オランダで近年盗まれたゴッホ28作品はすべて、無事に美術館へ戻っています。本作品もできる限り早く戻ることを願っております。 それにしても、この絵画、ゴッホの円熟期のカラフルな作品とは全く異なりますね。その価値も数億円前後でしょうか。ただ、複雑な構図のまとめ方と女性のハッとさせるたたずまいに、ゴッホの突出した感性を感じずにはいられません。犯人が欲しかった気持ちは、十分に理解できます。

ダ・ヴィンチのフェイク名言に気をつけよう

インターネットの怖さは、嘘があっという間に拡散することですが、偉人の名言にも同じことが言えます。 最近びっくりしたのは、研究者が書いた記事やオンライン百科事典にも、どこかからコピー、ペーストしたフェイク名言が含まれていてショックでした。別の人の名言と取違えられているケースもありますし、完全に創作されている場合もあります。 レオナルド・ダ・ヴィンチの他に、アルベルト・アインシュタイン、ウィリアム・シェイクスピア、フリードリヒ・ニーチェが多いようです。 ダ・ヴィンチ のよく登場するフェイク名言を挙げておきましょう。 「ルネッサンス時代の人が、言わなさそう」とか、 「ダ・ヴィンチ に寄せようとして出来過ぎている」という印象があるのが特徴です。 Simplicity is the ultimate sophistication. シンプルは、究極の洗練である。 There are three classes of people: Those who see, those who see when they are shown,…

名画と関連づける練習

2018〜2019年にかけて爆発的に流行したツイッター(名画で学ぶ主婦業)をご存知でしょうか。 名画のシーンが、主婦ならでは「あるある」と関連づけてつぶやかれていたのです。 それをまとめた書籍も出版されています。 例えば、次のフェルメール『牛乳を注ぐ女』についてですと、「ボディーソープの詰め替え、結局、私がやっているな」とつぶやかれています。 ヨハネス・フェルメール、 『牛乳を注ぐ女』 、1687年頃、45.5 X 41 cm、アムステルダム国立美術館 芸術と日常的な行動を結びつけることに、顔をしかめる方もいらっしゃるかもしれません。 でも実は、この関連づけの行為は、クリエイティビティのためにとても有効な頭の体操です。と言うのも、クリエイティビティとは、「物事を関連づけて別次元に行く行為」だからです。 ツイッターではたまたま主婦業と結びつけたわけですが、どんな考えともつなげることができます。そして関連づけることは、発想を飛ばすために有意義です。 実際に絵を見ながらやってみると、アイディアがめくるめく湧いてきて、自分の創造力に感動していただけると思います。 例えば、次の この紀元前530年頃の壺を見て、何を関連づけますか。 黒絵式クラテール(ワインと水を混ぜるのに使用した壺)、紀元前530年頃、アテネ考古学博物館 2700年の時を経て、今年2019年の大事件と結びつけるかもしれません。そう、香港の反政府大規模デモですね。 関連づけには、フレキシブルな思考が必須です。アートは、それを鍛えるためのツールとして大変優れています。 参考:Kevin Grovier, ”The Most Striking Images of 2019.”

ラファエロ2020美術展リスト

2020年は、ダヴィンチ、ミケランジェロともに盛期ルネッサンス3大巨匠であるラファエロ・サンティ(1483-1520)の没後500周年にあたります。 それを記念し、世界中で行われる美術展をリストアップしておきましょう。 『ウルビーノのラファエロと友人たち』マルケ国立絵画館、ウルビーノ ■2019年 10月3日〜 2020年 1月 19日 ウルビーノで生まれたラファエロが、最初の師であったピエトロ・ペルジーノから何を学び、ジュリオ・ロマーノなどの弟子たちに影響を与えたかを探る展覧会です。 次のロンドン・ナショナル・ギャラリー所蔵『アルドブランディーニの聖母』が観覧できます。 ラファエロの最も円熟した聖母子像と言える作品です。 ラファエロ・サンティ、『 アルドブランディーニの聖母 』、1511、38.9 x 32.9 cm、ナショナルギャラリー、ロンドン 『ラファエロ in ベルリン:ゲメルデガレリー(絵画館)の聖母』ベルリン美術館 ■ 2019年12月13日〜 2020年4月26日 別ブログに詳しく書いていますので、そちらをぜひご覧ください。 『ラファエロとその仲間たち』ナショナルギャラリー、ワシントン ■2020 年 2月16日〜 2020年 6月14日…

ダ・ヴィンチとコンタクトレンズ

ダ・ヴィンチの人体解剖図は、医学史の 50〜100年も 先を行っていました。 その医学への貢献については、別ブログをご覧ください。 人体解剖図ほどに広くは知られていませんが、ダ・ヴィンチが、医学史の300年先じていた例があります。彼は、コンタクトレンズの発明へとつながる先進的なアイディアを持っていたのです。 コンタクトレンズという着想が本格的に発展し始めたのは、19世紀初頭のこと。そして 1888年に 、 ドイツ医師・サイエンティストであったアドルフ・オイデン・フィック(1829-1901)が 、 最初のコンタクトレンズを完成させています。 そのコンタクトレンズは、次の写真のような厚いグラス製で眼の全体を覆うものでした。痛そうだし、危険そうです。 視力矯正のための世界初のコンタクトレンズ、1888年以降 ダ・ヴィンチが、コンタクトレンズの元祖的アイディアを記録に残したのは、なんと1508年のことです。なんという先見の明でしょうか。 レオナルド・ダ・ヴィンチ、マニュスクリプトD、1508-1509、222 X 160 mm, フランス国立図書館 ダ・ヴィンチは常に、アーティストとして「いかに正確に観察するか」に情熱を傾けていました。特に光が、どのように眼の角膜、瞳孔、水晶体、視神経を通過するのかについて興味を持ち、頻繁に描いています。 ところで上のスケッチは、何を意味するのでしょうか。 ひと言で言えば、ダ・ヴィンチは「視覚を良くするための人工の眼」を作成しようとしていました。 水を入れた球体のグラスで人が顔を覆うと、通常見えないはずの肩のあたりまで見ることが可能になります。なぜなら、水が入った透明な凸状の表面が、周辺視野からの光を屈折させることによって瞳孔に集中させることができるからです。 こうしたダヴィンチの「光の屈折を利用して視力をより向上させたい」という願望は、その後も長い間引き継がれたようです。 ダヴィンチの死後、1世紀余を経てからも、哲学者/サイエンティストであったルネ・デカルト(1596-1650)が熱心に研究していたことが分かります。 ルネ・デカルト、視力を完璧にする手段、『 La Dioptrique 』、1637. 写真:The…

今こそ『ひまわり』を鑑賞しておきたい

今のうちに、SOMPO美術館 所蔵のフィンセント・ファン・ゴッホ『ひまわり』をじっくりと観察しておくといいかもしれません。 常設展示なので、開館時には思う存分に観ることができます(混雑していなければですが)。美術館の粋なご配慮で、ベンチも置いてあります(ない時もあるかもしれないのでご注意を)。 まずは、そのSOMPOバージョンの 『ひまわり』 を御覧ください。 フィンセント・ファン・ゴッホ、『ひまわり』、100 x 76cm、SOMPO美術館 画像でも、ファン・ゴッホの創造性に圧倒されますが、 実物は迫力があり過ぎて、言葉にもできないくらい名画です。短時間ではとても見尽くせないです。 でもなぜ、今鑑賞しておくべきなのでしょうか。 その理由は、来年のロンドン・ナショナル・ギャラリー 展で、ヨーロッパから門外不出だった、第2の『ひまわり』 が、次のようなスケジュールで来日するからです。 国立西洋美術館(東京)2020年 3月3日(火)〜 6月14日(日) 国立西洋美術館(大阪)2020年 7月7日(火)〜 10月18日(日) フィンセント・ファン・ゴッホ、『ひまわり』、 92.1 x 73 cm、ロンドン・ナショナル・ギャラリー ロンドン・ナショナル・ギャラリー所蔵 『ひまわり』 ですが、ヨーロッパを出たことのない、しかもナショナル・ギャラリーから移動されることさえ珍しい絵画です。 それほどまで大切にされている絵画…