フランシス・ベーコンの抵抗できない魅力

アンリ・カルチェ・ブレッソン、『フランシス・ベーコン』、Photo: @foundation Henri Cartier Bresson. 異彩を放つ画家フランシス・ベーコン 20世紀の画家で、1億ドル以上(今ですと約150億円)で作品を取引された画家は現時点で8人います。 パブロ・ピカソ、ウィリアム・デ・クーニング、マーク・ロスコ、ジャスパー・ジョーンズ、ジャクソン・ポロック、アンディ―・ウオーホール、ロイ・リキテンシュタイン、バーネット・ニューマンそして、このブログのトピックであるフランシス・ベーコン(1909-1992)です。 それぞれの画家は一度見たら忘れられない個性的な画風の持ち主ですが、中でも格別な異彩を放っているのは何と言ってもフランシス・ベーコンでしょう。 最も眼にするチャンスが多いフランシス・ベーコンの作品は、次かもしれません。 フランシス・ベーコン、『ベラスケスによる教皇インノケンティウス10世の肖像画後の習作』、1953年、油彩、キャンバス、153 cm × 118 cm、Photo: wikipedia ベーコンのほとんどの作品は、身体が歪曲された人物画で、彼自身は「事実の残酷さの描写に奮闘している」と述べています。 第一印象が突き放したような冷ややかで怖い絵が多いのですが、見続けているとその奥に底はかとない闇が感じられます。「怖いもの見たさ」で目を釘付けにする不思議な魅力を放っています。 さて、皆さんの印象はいかがでしょうか。 フランシス・ベーコン芸術の基盤 ベーコンは、アイルランド生まれの英国人です。十代から彼の同性愛が家族関係に亀裂を生み、ロンドン、ベルリン、パリへの逃避旅行が、皮肉にも彼の芸術性の基盤を形作っていきます。 例えば、ベルリンで彼が見たサイレント映画『戦艦ポチョムキン』(1925年)は生涯にわたって多大な影響を与えています。この作品は、ソビエト連邦のセルゲイ・エイゼンシュテイン監督で、1905年に勃発した戦艦ポチョムキンの乗組員による反乱を描いています。当時若干27歳だったエイゼンシュテインは、革命的なプロパガンダをトピックとして、モンタージュ理論(個々のカットを編集して組み立てること)を試み、映画史において革命的な作品として高い評価を得ています。 『戦艦ポチョムキン』に登場する顔面の眼鏡が割れて血を流し、叫んでいる女性看護師のカット(恐ろし過ぎる画像なのでここには掲載しないでおきます)に触発されて、後に習作を描いていますし、その他の作品にも影響力が顕著に見られます。 またパリでは、多くの美術展を訪れるうちに、画家への興味が芽生えていきます。特に、ニコラ・プッサン(1594-1665)作『罪なき人々の虐殺』は、「これまでに描かれた最高の人間の叫び」として彼の記憶に刻まれています。 ニコラ・プッサン、『罪なき人々の虐殺』、1628年頃、147× 171 cm、油彩、キャンバス、 コンデ美術館、Photo:wikipedia 画家になる意思を抱いたのは、18歳の夏にピカソのドローイング作品に出会った時と言われています。それ以降に、ドローイングと水彩画を独学で始めています。 ですが、その後すぐに画家の道を歩んだわけではなく、インテリア、家具デザイナーとして友人や少数の顧客相手に活動していたようです。 フランシス・ベーコンの代表作 ■1930年代 フランシス・ベーコンが画家として認知されるきっかけとなったのが、『磔刑』(1933年)です。ピカソの『三人のダンサー』(1925) に発想を得ています。『戦艦ポチョムキン』のモノクロ画面と人間の内なる叫びを彷彿とさせます。「磔刑」は、ベーコンの一生涯にわたって繰り返される重要なテーマとなります。 フランシス・ベーコン、『磔刑』、1933、62…

ゴッホ作『ひまわり』に魅かれる理由

SOMPO美術館開催「ゴッホと静物画」(1月21日閉幕)、名古屋、神戸、東京を巡回した没入型美術展「ゴッホ・アライブ」(東京展は3月31日まで)のおかげで、ちょっとしたゴッホブームになっている今日この頃です。 さて、『ひまわり』はほとんどの方が知るゴッホの代表作です。レオナルド・ダ・ヴィンチの『モナ・リザ』、エドヴァルド・ムンク『叫び』と同等なくらい集客力のある名画です。 でも、『ひまわり』により魅きつけられる方が多いのではないでしょうか。実際に「何回見ても飽きない」とか、「見るたびに新たな発見がある」とか、「エネルギーをもらえる」などと聞くことがよくある本当にファンが多い作品です。 なぜでしょうか? その理由のひとつは、「ごく身近な世界の本質を鋭い観察眼で見抜いていたから」でしょう。 『ひまわり』を少し深堀りしてみるとご納得いただけるのではないかと思います。 『ひまわり』をじっくり観る ゴッホは、「ひまわり」を画題とした作品を計11点残しています。パリ滞在時(1886-1888)に横たえた枯れているひまわりを4点、都市に疲れ、南仏アルル(1888-1889)に移住して、花瓶に生けたひまわりを7点を描いています。 このうちの1点であるロンドン・ナショナル・ギャラリー所蔵『ひまわり』を観察してみましょう。 フィンセント・ファン・ゴッホ、『ひまわり』、1888、92.1 X 73 cm、油彩、ナショナルギャラリー、ロンドン 咲き具合の異なる15本のひまわりを描いています。つまり、この作品は、花の一般的な美しさというよりは、自然の生命のパターンの描写と言えるでしょう。 さらに近づいて観ますと、ひまわりは自然のパターンが密に刷り込まれた特徴的な花であることを実感できます。次のクロースアップ写真を観ると一目瞭然なのですが、ひまわりは、花弁から、雌しべ、雄しべ、包葉、種まで自然が創り出した驚異的なパターンが連続しています。 ゴッホはフィボナッチ数列に共感していた?! ここまでのクロースアップで詳細に観察しますと、自然が創り出す神秘的な造形に魅せられてしまいます。 種の部分は、時計回りと反時計回りで2重のスパイラル(対数螺旋)を形成しているのを御覧いただけるでしょうか。そしてそれらのスパイラルの数は、イタリアの12世紀の数学者であるピサのレオナルド(レオナルド・フィボナッチ)が発見したフィボナッチ数列によって決まっているのです。 フィボナッチ数列では、数列3項以降の数字が、その手前2項の和になります。つまり、0, 1, 1, 2, 3, 5, 8, 13, 21, 34, 55, 89,…

今、没入型アート体験の盛り上がりがすごい!

Q & A 質問 まず、質問します。2023年に入場者数が多かったのは、AとBのどちらでしょうか? A. 大英博物館 (世界最初の公立博物館で訪問者数では常にトップ10に君臨) 大英博物館、全景、Photo:British Museum B.アウターネット、ロンドン(ヨーロッパ最大のデジタル展スペース) アウターネット、ロンドンの外観 Photo:outernetglobal.com 回答 答えは、Bです。あの大御所の大英博物館の入場者数が583万人、アウターネットロンドンには、なんと625万人が訪れました。世界一の入場者数を誇るルーヴル美術館は886万人でしたから、設立後たった1年でここまで多くの人々を牽引したのは本当に驚異的です。 この無視できないアートトレンドについて、ご一緒に掘り下げることにしましょう。 さて、「没入型アート体験」と言ってもその形態はさまざまです。ここではオフラインでアートの中に没入しながら五感を通して臨場感を体感できる展覧会にフォーカスします。バーチャルに美術館体験ができるオンライン美術館は除外しますのでご了承ください。 没入型アート体験のはじまり 没入型アート体験を世界で初めて公開したのは、その目的に特化してオープンしたパリのアトリエ・デ・リュミエール (Culture spacesによって設立 )です。2018年4月のことでした。 その際に3つの展覧会を同時公開したのですが、そのうち最も注目を浴びたのがウィーン分離派の中心人物グスタフ・クリムト展でした。クリムト(1862-1918)作品についてはお馴染みの方も多いでしょう。 クリムトに特徴的なゴールドと細密な装飾性が、巨大スクリーンに広がり、文字通り彼の世界に没入することができます。その上、同時代のエゴン・シーレ(1890-1918)や、クリムトから多大な影響の受けたフリーデンスライヒ・フンデルトヴァッサー (1928-2000) の作品も映し出されて比較できるようになっていました。 2018年4月 グスタフ・クリムト展、アトリエ・デ・リュミエール © Culturespaces / Nuit de…

2024年はミケランジェロに酔いたい

2023年は、世界各地でヴィンセント・ファン・ゴッホ展がユニークな切り口で開催され、まさにゴッホの年でした。SOMPO美術館開催「ゴッホと静物画―伝統から革新へ」は、2024年1月21日までですので、まだご覧でない方はまだチャンスがあります! 今年は、アンリ・マチス(国立新美術館とバイエラー財団)、ロイ・リキシュタイン、カスパー・フリードリヒといったコアなファンが多い画家の展覧会が多い印象です。 その中で、アートファンならばほとんどの方が至福の時間を過ごせそうなのが、2つのミケランジェロ展です。どちらもロンドンですが、お近くにご出張・旅行の際に足を伸ばしてみるのはいかがでしょうか。 ミケランジェロ:最後の10年 大英美術館 2024年5月2日-7月28日 ミケランジェロ・ブオナローティ(1475–1564)、『最後の審判』、1536–1541年、フレスコ、13.7 m × 12 m、システィーナ礼拝堂 本展覧会のハイライトは、システィーナ礼拝堂の祭壇をカバーするフレスコ画『最後の審判』の下絵(上がその中の一枚)です。『最後の審判』には300体以上の人物が描かれていますが、その一部のスケッチが展示されます。 ちなみにミケランジェロの素描に、どのくらいの価値があるかと申しますと、2022年5月にクリスティーズパリのオークションで、次のドローイングが約2300万ユーロ(当時日本円約31億円)で落札されています。市場に出回る可能性はゼロに近いですが、『最後の審判』の下絵となるとそれ以上の価値がつくことは容易に想像できます。 ミケランジェロ・ブオナローティ、『裸体の少年と2人の人物』、ペン、インク、紙、33 x 20 cm、Photo: Christie's その他に陳列が予定されているのが、『エピファニア』です。エピファニアは、キリストの顕現を祝う日で、伝統的には1月6日とされていました。この作品は、現存するミケランジェロの2点のカートゥーン(壁画のための実物大下絵)のうちの1点か、あるいは等身大ドローイングと言われています。 ミケランジェロ・ブオナローティ、『エピファニア』、c. 1550–53、チョーク、紙、232 cm × 165 cm、大英博物館蔵、Photo: wikipedia この『エピファニア』ですが、そのサイズと紙で傷みやすく、写真を見ただけでもかなりデリケートな状態であることが伺えます。大英博物館が所有したのが1895年で、それ以降修復し続け、2018年に始めた修復を2024年5月に終える予定とのことですが、この作品を見られるチャンスはかなり希少であることは間違いないでしょう。 ミケランジェロは、いくつかの建築プロジェクトを手掛けています。メディチ家のために、デザインしたローレンシアン図書館(1524)、サグレスティア・ヌォヴァ(聖具堂、1520-1533)は、彫刻家としてのこだわりが、さまざまなデイテールに表現されていて、まさに芸術的建築の傑作です。 今回の展覧会では、彼の最大にして最後の建築プロジェクトとなったサン・ピエトロ大聖堂についてのスケッチや資料が観覧できる予定です。引退を考えていた矢先、建築家として正式な教育を受けたことのない晩年の彼に、どんな葛藤があり、いかに創造性を発揮していったかについての貴重なヒントをくれそうです。 Etienne DuPérac、『ミケランジェロが考案したサン・ピエトロ大聖堂内部縦断面図』、1551, 1558–61(1568年出版)、エッチング、エングレービング、33.7 x 47.6 cm、メトロポリタン美術館蔵 ミケランジェロ、レオナルド、ダヴィンチ:フィレンツェ c.1504 ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツ  …

アートを標的にする環境活動家に伝えたいこと

アートと美術館が標的に 近年、環境活動家による芸術破壊行為が頻発しています。ニュースを通して、気づかれた方も多いのではないでしょうか。 美術館で破壊行動を行った環境活動団体別の件数(2022年)は次の通りです。団体名称は日本語にするとわかりにくくなるので、そのままにしてあります。 Kinyon, L., Dolšak, N. & Prakash, A. When, where, and which climate activists have vandalized museums. npj Clim. Action 2, 27 (2023).  https://doi.org/10.1038/s44168-023-00054-5 トップ3は、第3位:レッツェ・ゼネラチオン(最後の世代、ドイツとオーストリア拠点)、第2位:ジャスト・ストップ・オイル(イギリス拠点)、第1位:ウティマ・ゼネラッチオーネ(最後の世代、イタリア拠点)となっています。いずれの団体も、気候変動に関わる政府行動に抗議するために2021-2022年に発足されています。 気候変動の主な原因のひとつである化石燃料の使用は、美術館や美術品とは直接的な関係は薄いにも関わらず、これだけの団体がターゲットにしているのは驚くべき状況ではないでしょうか。 ゴッホもモネもフェルメールも 圧倒的に多い攻撃方法が、液体や固形物で汚すことです。ナイフで切り裂く、ハンマーで叩くこともあります。そして狙いは多くの場合、世界的に超有名な名画となります。 金銭的価値が高いところからご紹介しますと、レオナルド・ダ・ヴィンチ作『モナリザ』(ルーブル美術館)は、2022年5月に個人環境活動家(自称)によってケーキを投げつけられました。車椅子に乗った老女に扮した男性が作品に近づいて行為に及んでいます。 Photo:…

なぜアートには女性の裸が多いのか?

多すぎる!アートの中の女性ヌード お気づきではないでしょうか。アートの中にはやたら裸の女性が登場します。 いったいなぜでしょうか? セクハラやジェンダーバイアスに敏感な世の中で、今後も制約なく描き続かれていくのでしょうか? その辺を探ってみたいと思います。 女性ヌードのさまざまな意味 ひと言で女性ヌードと言っても、さまざまな意味があります。文化によっても異なりますが、ここでは西洋美術史の流れをざっくりと追いかけてみましょう。 ■多産への願い? 現存する最も古い裸体の女性像のひとつに『ヴィレンドルフのヴィーナス』があります。 『ヴィレンドルフのヴィーナス』、約25000年前、石灰岩、11cm、ウィーン自然史博物館 約25000年前(旧石器時代)に製作されたとされる高さ11cmの小像です。オーストリア北東部ヴィレンドルフで発掘されました。 顔、足首より下はなく、編まれたような髪、細い腕が抱えた大きな乳房と腰回りが印象的です。「多産の女神」という説がありますが、説得力ある根拠があるわけではありません。 しかしながら、同時代からは同サイズの女性像ばかりが発見されていることから、祭儀での何らかの機能を負っていそうですし、女性ならではの特徴が強調されていることから、多産とか、安産への願いという可能性は十分あり得ます。 ■美しい女神たち ギリシャ神話に登場する女神たちが、どんな外見をしていたのかは誰も知らないわけですが、ほとんどすべての場合で均整のとれた体躯で描写されています。超越した存在である女神は、美しいと信じられていたのでしょう。 特に、美と愛と性の女神アフロディテ(後にローマ神話のヴィーナスと統合)は、完璧なボディーでアートの中に登場し続けます。 最も有名なアフロディテ/ヴィーナスと言えば、皆さんもよくご存じのサンドロ・ボッティチェリ『ヴィーナスの誕生』でしょう。 サンドロ・ボッティチェッリ、『ヴィーナスの誕生』、1484-86、テンペラ、キャンバス、172.5 cm × 278.9 cm、ウフィツィ美術館 Photo: wikipedia かなりエロティックです。しかし、人間の裸体ではないことと、新プラトン主義的思想+キリスト教の影響により、当時の人々は単なる肉体的な官能とは見ずに、「性愛の先に存在するより高次な神聖愛」の方で解釈したはずです。 ■ヴィーナスと人間が同化する 時代が下ると、ヴィーナスの名を使っているものの、実際には人間の女性ヌードが公開されるようになります。現存するこの種の最も古い例は、ティツィアーノ・ヴェチェッリオ『ウルビーノのヴィーナス』です。 ティツィアーノ・ヴェチェッリオ、『ウルビーノのヴィーナス』、1534年頃、油彩、119.2 cm X…

『岩窟の聖母』の謎がメチャメチャ楽しい

レオナルド・ダ・ヴィンチの絵画は、何かと謎に満ちています。 その中でも、特に謎が深いのが『岩窟の聖母』です。なぜでしょうか? その主な理由は、 ■ほぼ同じ構図の2つのバージョンが、ルーブル美術館とナショナルギャラリー、ロンドンに存在すること ■制作過程において、ダ・ヴィンチと絵画依頼者間に報酬についての問題が発生し、それに関する法的書類が絵画の理解(特に制作年度)をより複雑にすること まだまだ分からないことも多いのですが、ここでは最近の新発見を含めながら、『岩窟の聖母』の全体観をつかんでおきたいと思います。ではまず、2つのバージョンを観ましょう。 レオナルド・ダ・ヴィンチ、『岩窟の聖母』、1483〜1486年頃、油彩、キャンバス(パネルから改変)、199 cm × 122 cm 、ルーブル美術館、パリ レオナルド・ダ・ヴィンチ、『岩窟の聖母』、1483〜1499, 1506〜1508年頃、油彩、パネル、189.5 cm × 120 cm 、ナショナルギャラリー、ロンドン 制作背景 制作依頼者 1483年4月、ダ・ヴィンチと、ミラノで活躍していた2人の画家エヴァンジェリスタとジョバンニ・アンブロージオ・プレディス兄弟は、「彫刻に金箔と彩色を施し、3点の絵画を提供する」という契約書にサインします。 それは、ミラノのポルタ・ヴェルチェッリーナにあったサン・フランシスコ・グランデ教会の礼拝堂を拠点としていた宗教グループ「無原罪の御宿り信者会」による祭壇のための依頼でした。この祭壇の木彫(丸彫り、レリーフ)は、すでに1482年に彫刻家ジェコモ・デル・マイノが710リラの報酬で完成させていました。 ダ・ヴィンチらがサインした契約書によると、報酬は材料費込みで800リラ、完成期限は1484年12月8日(無原罪の御宿り祝典の日)となっていました。また契約書には仕様書も添付されており、金箔の質・色の特定や・聖母とともに描かれる人物などが詳細に記されていました。 3人の芸術家への報酬、しかも金箔の調達などを考えると、800リラと言う報酬は、彫刻家ジェコモ・デル・マイノひとりの報酬710リラに比べてかなり低いです。 ところで依頼された3点のうち、祭壇の中央『岩窟の聖母』の左右に設置された絵画2点も現在、ナショナルギャラリー、ロンドンに所蔵されています。 フランシスコ・ナポィターノ?(ダ・ヴィンチの弟子)、『緑をまとったヴァイオリンを持つ天使』、1490〜1499、油彩、パネル(ポプラ)、117.2 cm X 60.8 cm、ナショナルギャラリー、ロンドン ジョバンニ・アンブロージオ・プレディス、『赤をまとう竪琴を持つ天使』、1495 〜 1499 年頃、油彩、パネル、118.8 cm X 61 cm、ナショナルギャラリー、ロンドン…

グスタフ・クリムト『扇子を持つ女』は最高額156億円で落札!

ヨーロッパで最高額となった作品 前ブログでは、相次いで高額落札されたグルタフ・クリムト『Insel im Attersee (アッター湖の島)』と『白樺の森』を比較しながら、アートの値段が決まる目安についてお話したばかりです。 そしてつい先日6月27日に、クリムトの別作品『扇子を持つ女』が、サザビーズ、ロンドンのオークションでそれらを上回る8530万ポンド(約156億円)、またヨーロッパオークション最高額で落札されました! ついでながら絶好の機会ですので、この名画についても理解を深めておきたいと思います。 グスタフ・クリムト、『扇子を持つ女』、1917-1918、油彩、100X100cm、プライベートコレクション ちなみに、ヨーロッパにおける最高落札額は、アルベルト・ジャコメッティ作のブロンズ彫刻『歩く男 I (L'Homme Qui Marche I)』で、2010年2月に6500万ポンド(日本円換算約89億円)でした。 『扇子を持つ女』とは? クリムトが、インフルエンザで55歳で亡くなったのが1918年2月です。つまり、本作品は、彼の最後の肖像画であり、傑作となります。実際に、彼が亡くなった時、なんとこの作品がイーゼルに置かれたままだったのです。 グスタフ・クリムトのスタジオ、1918 Photo: Sotheby's その制作時期は、クリムトの最も有名な作品が描かれた「ゴールドの時代」から下ること、10年。とは言え、55歳という若さで、まだまだ過去を超える作品に対する意欲にあふれていたはずです。現に、『扇子を持つ女』は、「ゴールドの時代」の超有名作品『キス』とは色のトーンや質感が異なることに一目でお気づきいただけるでしょう。新たな挑戦を試みていた証ではないでしょうか。 グスタフ・クリムト、『キス』、1907-1908、油彩、180 × 180 cm、ベルヴェデーレ宮殿美術館、ウィーン 従来からの装飾芸術からの影響を継続するものの、新しい要素――アンリ・マティスの軽快な筆、フィンセント・ファン・ゴッホの鮮やかな色彩、浮世絵の遠近感――を巧みに取り入れています。 『扇子を持つ女』は、委託されて描かれた肖像画ではありません。そのため、クリムトはこれから目指す彼の創造世界を、自由自在に作り上げることができたわけです。 女性の周りのモチーフは、日本や中国で縁起の良い鳳凰(左)と鶴(右)です。また、仏教のシンボルでもある睡蓮が描かれています。女性は誰かはわかっていませんが、手に持つ扇も、まとっているローブも中国風です。これらのアジア的要素が、特定の女性というよりは、普遍的な美女のイメージに高揚させています。 オークションの結果について 競ったのは中国系らしい 縁起物が描かれているから特に関心を引いたのかもしれませんが、オークションで最後まで競ったのは、中国本土と香港の中国系2名のようです。結局は、後者の方に落札されました。…

日本人としての教養―なぜ北斎はすごいのか?

遂に、最高レベルの価値に! 2023年3月16日と21日のクリスティーズのオークションで、葛飾北斎作『富嶽三十六景ー神奈川沖浪裏』が、相次いで159万ドル(約2億7百万円)、276万ドル(約3億6千万円)で落札されました。 予想落札額は、前者が15-20万ドル、後者が50-70万ドルだったので、5〜10倍という驚くべき競り上がり方でこれまでの落札価格を更新したわけです。 葛飾北斎『富嶽三十六景―神奈川沖浪裏』、1830年頃、木版画、25.7 X 37.9 cm、メトロポリタン美術館、ニューヨーク 最高額をつけた作品は、現存する中でその刷りの良さでトップ20のひとつとされています。クリスティーズサイトで比較していただけると、その美しさを確認していただけるでしょう。 ところで版画の小作品(浮世絵大判 約26X38cm)でこの高値をたたき出せるのは、ネーデルランドの巨匠レンブラント・ファン・レインくらいしかいないです。これらこそ、世界トップ2の版画と言っていいでしょう。 レンブラント・ファン・レイン『3本の十字架』、1653年、ドライポイント、38.7cm、アムステルダム国立美術館 日本が誇るグローバルアイコン 『富嶽三十六景ー神奈川沖波裏』は、世界的に最も有名な日本美術作品です。 その背景には長い歴史がありますが、いまや日本→北斎、Mount Fuji→北斎の富士山、波→北斎の波とつながるほどに強力なグローバルアイコンです。 すでにお話したオークションの高値更新も、このグローバルアイコンとしての価値がなければ成し遂げられなかったことは間違いありません。 このカテゴリーの絵画と言えば、レオナルド・ダ・ヴィンチ『モナ・リザ』やジェームス・ウィッスラー『灰色と黒のアレンジメント-母の肖像』があります。そう考えると、版画の小品とは言え、今回の落札額は、まだまだ安価すぎるとさえ思えます。 ジェームズ・マクニール・ホイッスラー、『灰色と黒のアレンジメント-母の肖像』、1871、油彩、144.3 X 162.4 cm、オルセー美術館  世界トップレベルのドローイング力 秀でたアーティストの共通点、それは紛れもなく線描する力です。 確実に、無駄なくとらえ、流麗に描写する技術と言えます。 最近、大英博物館が購入した『万物絵本大全図』の挿絵で確認してみると、猫のしなやかに歪曲した体の輪郭が寸分の狂いもなく軽快なリズムで描かれています。 葛飾北斎、『芙蓉の下の猫2匹』、『万物絵本大全図』挿絵のための下絵、1829、インク、紙、大英博物館 この北斎のドローイング力に匹敵する画家と言えば、そのひとりとして頭に浮かぶのが、ダ・ヴィンチです。早速、比較してみましょう。 レオナルド・ダ・ヴィンチ、『猫、ライオン、ドラゴン』、1517-18頃、27 X 21cm,…