グスタフ・クリムト『扇子を持つ女』は最高額156億円で落札!

ヨーロッパで最高額となった作品 前ブログでは、相次いで高額落札されたグルタフ・クリムト『Insel im Attersee (アッター湖の島)』と『白樺の森』を比較しながら、アートの値段が決まる目安についてお話したばかりです。 そしてつい先日6月27日に、クリムトの別作品『扇子を持つ女』が、サザビーズ、ロンドンのオークションでそれらを上回る8530万ポンド(約156億円)、またヨーロッパオークション最高額で落札されました! ついでながら絶好の機会ですので、この名画についても理解を深めておきたいと思います。 グスタフ・クリムト、『扇子を持つ女』、1917-1918、油彩、100X100cm、プライベートコレクション ちなみに、ヨーロッパにおける最高落札額は、アルベルト・ジャコメッティ作のブロンズ彫刻『歩く男 I (L'Homme Qui Marche I)』で、2010年2月に6500万ポンド(日本円換算約89億円)でした。 『扇子を持つ女』とは? クリムトが、インフルエンザで55歳で亡くなったのが1918年2月です。つまり、本作品は、彼の最後の肖像画であり、傑作となります。実際に、彼が亡くなった時、なんとこの作品がイーゼルに置かれたままだったのです。 グスタフ・クリムトのスタジオ、1918 Photo: Sotheby's その制作時期は、クリムトの最も有名な作品が描かれた「ゴールドの時代」から下ること、10年。とは言え、55歳という若さで、まだまだ過去を超える作品に対する意欲にあふれていたはずです。現に、『扇子を持つ女』は、「ゴールドの時代」の超有名作品『キス』とは色のトーンや質感が異なることに一目でお気づきいただけるでしょう。新たな挑戦を試みていた証ではないでしょうか。 グスタフ・クリムト、『キス』、1907-1908、油彩、180 × 180 cm、ベルヴェデーレ宮殿美術館、ウィーン 従来からの装飾芸術からの影響を継続するものの、新しい要素――アンリ・マティスの軽快な筆、フィンセント・ファン・ゴッホの鮮やかな色彩、浮世絵の遠近感――を巧みに取り入れています。 『扇子を持つ女』は、委託されて描かれた肖像画ではありません。そのため、クリムトはこれから目指す彼の創造世界を、自由自在に作り上げることができたわけです。 女性の周りのモチーフは、日本や中国で縁起の良い鳳凰(左)と鶴(右)です。また、仏教のシンボルでもある睡蓮が描かれています。女性は誰かはわかっていませんが、手に持つ扇も、まとっているローブも中国風です。これらのアジア的要素が、特定の女性というよりは、普遍的な美女のイメージに高揚させています。 オークションの結果について 競ったのは中国系らしい 縁起物が描かれているから特に関心を引いたのかもしれませんが、オークションで最後まで競ったのは、中国本土と香港の中国系2名のようです。結局は、後者の方に落札されました。…

何がアートの値段を決めるのか?―グスタフ・クリムトで考えてみた

日本人コレクターが再び注目される 2023年5月16日、サザビーズニューヨークで開催されたオークションで、グスタフ・クリムト(1862-1918)作『Insel im Attersee (アッター湖の島)』が、5320万ドル(日本円約72億6000万円)で落札されました。 購入者が、日本人コレクターであったことから日本のニュースでも大きく取り上げられました。 グスタフ・クリムト、『Insel im Attersee (アッター湖の島)』、1901-02年頃、100.5 X 100.5 cm, キャンバス、油彩、プライベートコレクション 購入者が誰かは公表されていませんが、投資だけを狙ったのではなく、絵画通な方ではないかと推測します。 クリムトの風景画は、そこまで有名ではありませんし、その中でも彼の傑作を生んだ「ゴールドの時代」に描かれ、その特徴「光や色やテクスチャを万華鏡のように表現」が顕著なこの作品を選んだのは、おそらく絵をよくご存じの方に違いありません。 いったいどこが違うのか? 実は約7か月前、2022年11月9日に、クリムト作の別の風景画『白樺の森』が、クリスティーズニューヨークで、1億458万5千ドル(日本円約147億4700万円)で落札されています。 先の『Insel im Attersee (アッター湖の島)』と比較すると、2倍以上の値がつきました。いったいどんな作品なのでしょうか。こちらです! グスタフ・クリムト、『白樺の森』、1903年、110 X 110 cm, キャンバス、油彩、プライベートコレクション さて、どんなことを感じましたか。 2作品の第一印象はかなり異なりますよね。しかし、実際には共通点も多いのです。 この絵画の題材は「森」で、前の「湖」とは異なりますが、同じ風景画のジャンルです。しかも、この白樺の森はアッター湖近くにあり、どちらもクリムトが避暑地として好んだ場所の景色を描いています。 さらに、制作年代・サイズ・メディアム・作品のコンディションといった作品自体の特徴はどれもあまり変わりません。 2つの要因 では、この2枚の絵の落札額が異なるのはなぜでしょうか。どう思われますか? 2つの要因がまず考えられます。 ひとつは、作品の値段は画家の名前だけで決まるわけではなく、同じアーティストでも作品によって幅があることです。例えば、多作な画家や、画風やテクニックがまだ安定していない若手アーティストは、作品評価に大きな差がつくことがあります。 では、『白樺の森』により高い評価がついたのはなぜでしょうか。…

エリザベス女王のアートコレクション

エリザベス女王即位70周年祝賀パレード Photo: Royal Collection Trust (エリザベス女王が、英国時間2022年9月8日午後にご逝去なさいました。ご冥福をお祈りいたします) エリザベス女王在位70周年が、世界各地で祝福されました。 彼女の乗馬や犬好きはたびたびニュースになりますが、アートコレクションとの関係はあまり知られていないのではないでしょうか。 実は、世界的なアートコレクションを管理しており、その中にはレオナルド・ダ・ヴィンチの人体解剖図で有名な ウィンザー手稿 も含まれています。 レオナルド・ダ・ヴィンチ、『足と肩の骨』、1509-1510年頃、28.7 x 19.8 cm、ペン、インク、チョーク、(c)Her Majesty Queen Elizabeth II, 2022 もちろん、彼女の個人的なコレクションではなく、代々承継される王室と国家のためのコレクションなのですが、エリザベス女王自身の名前で管理しているところが珍しい例です。そのため、 著作権には、 Her Majesty Queen Elizabeth II と入っています。 ローヤルコレクションの規模 例えば、ルーブル美術館の美術品収蔵数は合計約38万、ニューヨークメトロポリタン美術館は合計約150万と言われています。ご参考までですが、日本の皇室コレクションは約9,800点です。 ローヤルコレクションは合計約100万で、内訳を次の通りです:…

クリスティーズでの夢のようなオークションとその結果

コロナ禍による経済的ダメージは、世界中の美術館を襲っています。 スタッフ解雇という暗いニュースが出る一方、ルーブル美術館の資金集めの方法には脱帽です。クリエイティビティは、ギリギリの苦境を救うのです。 ルーブル美術館、パリ ところで、ルーブルはどんな方法で資金集めをしようとしているのでしょうか? クリスティーズに、他では絶対に入手できない、ルーブルならではの一品をオークションに出しています。その中でも、とりわけ魅力的な3つをご紹介しましょう。 Lot 9:『モナ・リザ』をじっくり観られる あの『モナ・リザ』をケースから出してプライベートで観察できるというまたとない機会です。そもそもいつもケースに入っていますし、いつも人だかりができているため、ほとんど観ることが不可能な名画と言えるでしょう。 それも、ルーブル美術館館長であるジャン=リュック・マルティネズと一緒です。落札者は、同行者を連れていっても良いそうです。フランス語ができれば、なお楽しそうです。 本日12月7日時点で、1万ユーロ(日本円約126万円)となっています。 その結果ですが、日本円約1008万円で落札されました。(追記) レオナルド・ダ・ヴィンチ、『モナ・リザ』、1503〜1507, 1517 Lot 6: 好きな絵の時計を作ってくれる なんと、スイスの高級時計メーカー、ヴァシュロン・コンスタンタンが、ルーブル美術館所蔵の好きな絵で世界で一点ものの時計を完全オリジナルで作成してくれます。 絵画好き、時計好きにはたまらないチャンスに違いありません。 本日12月7日時点で、11万ユーロ(日本円約1386万円)と人気です。 その結果ですが、日本円約3528万円で落札されました。(追記) www.vacheron-constantin.comより Lot 7: カリアティード広間でプライベートコンサート  ギリシャ・ローマ彫刻が並ぶカリアティード広間で、あなたと同行者だけのためにコンサートを開催してくれます。 この広間は、かつてフランス国王のレセプション広間として使用されていた場所です。年末年始に、格調高い雰囲気を約束してくれることは確実ですね。 本日12月7日時点で、9000ユーロ(日本円約 113万円)となっています。 こちらの落札額は、日本円約530万円でした。(追記) 他にもパリ、ランス、アブダビにある3つのルーブル美術館を巡るプライベートツアーなど、まさに一生の一度の機会がいろいろと出品されています。 ゴージャスな経験と資金調達の一石二鳥。どんな高値で落札されるのかが楽しみです!

[オークション結果]アルブレヒト・デューラーの版画

今回のクリスティーズ、ロンドンでのオークション「オールドマスターズプリント」の動きは、非常に興味深かったです。 「コロナの影響が、何百万円代のアート市場にどう出るのか?」 にも興味がありましたが、最も高値が予想されていたデューラーの『メランコリアI』は撤退となり、注目されていた他の3点のうち2点には、最後の最後までビッターが現れなかったからです。 このまま見送られてしまうのかと思いきや、やっぱりデューラーの根強いファンがこの機会を見逃すわけはありません。ギリギリで勝負に出て来て、見積もり額の範囲以内で獲得していきました。 では、注目の版画の結果を見ておきましょう。なお、オークションに出品された版画そのもののサイズ、質を確認したい方は、クリスティーズサイトをご覧ください。ここでは、メトロポリタン美術館所蔵の画像でご紹介しています。 アルブレヒト・デューラー、『聖大アントニオスの読書』、1519、9.8 × 14.3 cm、エングレービング、メトロポリタン美術館 デューラー晩年期の傑作のひとつです。デューラーには珍しい横長のフォーマットです。キューブが集まった町の景観と、身体を丸めて熱心に読書する聖アントニオを対比させる構図が秀逸です。 聖大アントニオス(250〜350年頃)は、キリスト教最初の修道士であり、修道士生活を広めた人物です。彼を主題とした絵と言えば、彼のエジプトの砂漠での修行中に悪魔に誘惑されるシーンが一般的です。 ということは、このデューラーの版画は当時、聖大アントニオスの新鮮な側面をとらえた作品として話題になったことは間違いありません。 落札額は、3万5000ドル(日本円約375万円)でした。 アルブレヒト・デューラー、『書斎の聖ヒエロニムス』、1514、24.6 x 18.9 cm、エングレービング、メトロポリタン美術館 デューラーの円熟期の傑作3作―『書斎の聖ヒエロニムス』、『メランコリア I』『騎士、死、悪魔 I』―の中の1作です。しかしその中でも当時最高に人気があったのが、この作品であったことをデューラーは日記に書いています。 聖ヒエロニムスの「ヘブライ語やギリシャ語の研究者としての側面」をとらえた作品です。彼のイコノグラフィー(ライオン、十字架上のキリスト、枢機卿の帽子、骸骨)がバランスよく配されています。ステンドグラスから差し込む光とその影の描写も見事としか言いようがありません。 落札額は、6万2500ドル(日本円にして約669万円)でした。 アルブレヒト・デューラー、『聖エウスタキウス』、1501年頃、35 × 25.9 cm、エングレービング、メトロポリタン美術館 デューラーのエングレービングの中では、最大の大きさです。デューラーはまだ30歳で、ちょうど実力が開花し始めた頃の作品です。動物の描写が息を呑むような精密さであることにお気づきいただけるでしょう。 その内容は、ローマ帝国トラキヤス帝の将軍プラキドゥス(聖エウスタキウスの洗礼前の名前)のキリスト教への改宗の瞬間です。狩猟に出たプラキドゥスは、牡鹿(右奥)の角の間に十字架上のキリストの幻想を見ると同時に、神の声に導かれて家族と一緒に洗礼を受けることになります。名前もエウスタキウスと改名されます。 今回のオークションに出品された『聖エウスタキウス』は、「ハイクラウン」と呼ばれる透かしが入った1480〜1525年に使用されていた紙が使用されていました。 アルブレヒト・デューラーのエングレービングと木版画に1480〜1525年に使用されていた紙の透かし「ハイクラウン」CR:…

[オークション終了]アルブレヒト・デューラーの版画

今、ちょうどアルブレヒト・デューラー版画作品のオークションが、クリスティーズ、ロンドンで開催されていますので、その素晴らしさに触れておきたいと思います。 ダ・ヴィンチやラファエロといったルネッサンス絵画がとんでもない高額なのに比べて、デューラーの版画であれば、何十万円単位の作品もあり、購入を検討できるという楽しみもあります。 アルブレヒト・デューラーについて アルブレヒト・デューラー、『自画像』、1498 年(26歳)、プラド美術館 アルブレヒト・デューラー(1471〜1528)は、ドイツ、ニュルンベルク出身の画家、版画家、科学者、人道主義者です。 イタリアへの旅を通じて、アンドレア・マンテーニャ(1431〜1506)やジョヴァンニ・ベッリーニ(1430〜1516)の影響を受け、ルネッサンスをドイツへ持ち込むとともに、イタリアでも高い評価を得ています。北ヨーロッパのレオナルド・ダ・ヴィンチか、ラファエロかと言ってもいいかもしれません。 デューラーは、画家としても優れていましたが、彼が追随を許さない圧倒的な才能を開花させたのは、何と言っても版画です。 デューラーの父は、ハンガリーから移住した熟練した金細工師で、その18人の子供のひとりとして生まれました。彼の祖父も、金細工師から、印刷業、出版業へと成功しています。 その恵まれた遺伝子と環境を開花させたのは、彼がわずか13歳の時でした。その確かな腕で彫られた線描には驚嘆するしかありません。 アルブレヒト・デューラー、『自画像』、1484 年(13歳)シルバーポイント(銀尖筆)、アルベルティーナ美術館、ウィーン デューラーの出世作 デューラーの出世作は、木版画シリーズ『黙示録』です。 黙示録とは、1世紀後半に新約聖書の最後にあるヨハネが書いた聖典です。彼がパトモス島で見た世界の終末、人類の運命についての啓示を記しています。 15世紀末のドイツは、伝染病、農民一揆、宗教的対立など不穏な空気に包まれていたため、デューラーの『黙示録』は多くの人々の心をつかみました。 15シートから成る『黙示録』の4番目で、最も有名なのが『四人の騎手(四騎士とも)』です。2019年1月クリスティーズのオークションで、 61万2,500ドル(日本円で約6615万円)で取引されています。 アルブレヒト・デューラー、『四人の騎手』、黙示録シリーズより、1498 年、397×286 mm、木版画、メトロポリタン美術館、ニューヨーク 四騎手は、キリストが封印した7つのうち、4つを解いた時に召集され、剣、飢饉、野獣、伝染病をもたらす最後の審判への前兆です。 木版画とは信じられない流麗な線に魅了されます。それぞれの人物の表情の豊かさにもご注目ください。モノトーンな版画にもかかわらず、色がついているかのように多様な線で楽しませてくれるのが、版画の魅力です。 円熟期の始まり 木版画シリーズ『黙示録』から数年後、デューラーは、理想的な人間のプロポーションを彫れる技術を習得したことを証明します。 アルブレヒト・デューラー、『アダムとイヴ』、1504 年、251 x 200 mm、エングレービング、メトロポリタン美術館、ニューヨーク デューラーは、ダ・ヴィンチと同様に、人間のプロポーションについて熱心に研究していました。…

ティファニーを買収したベルナール・アルノー

フランスのLVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン) が、米国籍のティファニーを162億ドル(約1兆7496億円)で買収する発表は、2019年の大きなビジネスニュースのひとつでした。 LVMH のCEOであるベルナール・アルノーは、世界富裕ランキング2019で ビル・ゲイツ、ジェフ・ベゾスに次いで第3位。IT企業繁栄の中で、ラグジュアリー業界の底力を感じます。 ベルナール・アルノー、アンリ・マチス『赤のハーモニー』の前で。写真:wwd.com 実は、このアルノーですが、知る人ぞ知る世界屈指のアートコレクターのひとりです。モダン、コンテンポラリーアートを主流とし、パブロ・ピカソ、アンディー・ウォーホール、ジャン=ミシェル・バスキア、ダミアン・ハーストなどを所有しています。 しかし彼が最初にアートオークションで落札した絵画は、クロード・モネの連作で有名な『チャーリングクロス橋』の一枚だったそうです。モネが実際に入手できる事実に感動したことを語っています。 フランスで美術鑑賞というと、どうしてもルーブル美術館、オルセー美術館などが頭に浮かびがちですが、 コンテンポリーアートにジャンルに関しては、それらに匹敵する価値があるのが、 アルノー のコレクション と言えるでしょう。 そんな素晴らしいコレクションは、2014年に完成したフォンダシオン・ルイ・ヴィトン(FLV)で観覧することができます。 FLVの建築デザインを担当したのは、建築のノーベル賞とも言われるプリツカー賞受賞(1989)したカナダトロント出身のフランク・ゲーリーです。 フォンダシオン・ルイヴィトン © Gehry Partners, LLP and Frank O.Gehry. Crédit Photo © Iwan Baan, 2014 前衛的にもかかわらず、周囲の自然にしっくりとなじんでいる外観が、建築家としての力量を語っています。またモニュメンタル性が、世界をリードするラグジュアリーブランドのシンボルとしてぴったりです。