『最後の晩餐』は、なぜ革新的なのか?

レオナルド・ダ・ヴィンチ、『最後の晩餐』、1496〜1498年頃、459.7 X 880.1 cm、サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ、ミラノ

パロディとしても登場するほど、有名で親しみのある『最後の晩餐』です。しかし、「その革新性は何なのか」については、意外にもあいまいに濁しているのではないでしょうか。

『最後の晩餐』のパロディの一例  bitrebels.comより CR: Unknown artist

というわけで、『最後の晩餐』の革新性について考えてみましょう。


作品の概要

  • どこにあるのか?

『最後の晩餐』は、イタリア、ミラノのサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会(英語では、Church of Holy Mary of Grace)の北側つきあたりの食堂の壁に描かれています。

この教会の東側のドームと本堂と袖廊のクロス部分は、ルネッサンス建築家ドナト・ブラマンテ(1444〜1514)が設計しています。この教会は現在、世界遺産にも登録されています。ミラノを訪れたら、必見の美しいサイトです。


サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会、ミラノ Photo:Marcin Białek

レオナルド・ダ・ヴィンチ、『最後の晩餐』、1496〜1498年頃、459.7 X 880.1 cm、サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ、ミラノ Photo: Joyofmuseums (3 January 2017撮影)

  • どんな内容なのか

最後の晩餐シーンは、新約聖書のすべての福音書(マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネ)に記されています。

翌日、磔(はりつけ)になることを見通していたイエス・キリストが、12人の使徒とエルサレムで共にした最後の食事場面です。

テーブルには、折り目のついたテーブルクロスが掛けられ、その上にパン、ワインが入ったグラス、大皿、小皿、ボール、塩が入った壺が置かれているのが見えます。

アントレは、魚料理でオレンジも添えられています。魚料理は、ウナギかニシンという議論がありますが、ウナギに見慣れている日本人の私からすると、特殊な種類でない限りはウナギには見えません。


■イエス・キリスト

その晩餐の最中、イエス・キリストが、「あなたたちの一人が私を裏切るでしょう」と言います。その直後のシーンをビジュアル化したのが、まさにこの作品です。彼の口は、まだ少し開いているところにご注目ください。


中央のイエス・キリスト

■12人の使徒

イエス・キリストを中心として、12人の使徒は、3人ずつのグループに分けて描かれています。使徒の位置は、頭の位置で左から右へと見ると、次のようになります。


聖バルトロマイ(Bartholomew)、聖小ヤコブ(James Minor, アルファイの子)、聖アンデレ(Andrew)

次の画像で、裏切り者イスカリオテのユダにご注目ください。彼の右手は、小さな袋を握っています。イエス・キリストを裏切って得た30枚の銀貨の可能性が高いです。

その右手のすぐ横には、塩の入ったガラス容器が置かれています。塩にはさまざまな意味があり、そのうちの「悪いことの前兆」と結びつける解釈もありますが、ダ・ヴィンチがそれを意識していたかどうかは不明です。

また、イスカリオテのユダの左手がボールに伸び、キリストの右手も同じボールに伸びています。キリストの言葉「私が皿に浸したパンを渡すその(裏切る)人物です」を示唆するために、これらの手の動きが描かれたのかもしれません。


イスカリオテのユダ(Judas  Iscariot)、聖ペトロ(Peter)、聖ヨハネ(John)

聖トマス(Thomas)、聖大ヤコブ(James Major、ゼベダイの子)、聖フィリポ(Philip)

聖マタイ(Matthew)、聖ユダ・タダイ(Judas Thaddeus)、聖シモン(Simon the Zealot)

■ルネット(半月型スペース)

『最後の晩餐』の上にある3つのルネットは、下の絵画よりも先に描かれ、ダ・ヴィンチとアシスタントによる合作です。

それらのルネットは、『最後の晩餐』の依頼主で、ミラノ君主ルドヴィーコ・マリア・スフォルツァ(1452-1508)とその妻ベアトリーチェ・デステ(中央)、彼らの二人の息子マッシミリアーノ(左)とフランチェスコ2世(右)の紋章です。


レオナルド・ダ・ヴィンチ、『最後の晩餐』、ルネット部分、 Photo: Joyofmuseums

  • どんなテクニックなのか?

■フレスコ画ではない

『最後の晩餐』は、それまでのフレスコ画(壁に漆喰を塗り、乾かないうちに水溶性の顔料で描く技法)を踏襲していません。

と言うのも、乾かないうちに素早く仕上げなければならない技法は、ダ・ヴィンチのゆっくりと考えながら描くプロセスには合わなかったからです。そこで、2層(炭酸カルシウムと鉛白)から成る乾いた土台を準備し、その上に油彩あるいはテンペラで描いています。

残念ながら、この実験的な手法は定着が悪く、完成直後から剥落し始めました。その上、「食堂」という蒸気やキャンドルによる煙にさらされる悪条件、ナポレオン侵攻や第2次世界大戦などの惨事、度重なる修復作業を経た末、現在、ダ・ヴィンチの手による元の絵画は、20%しか残っていません。

■ほとんどフリーハンド

驚くべきことに、ダ・ヴィンチは、壁画と同じサイズの下絵を制作して写していません。ほとんどフリーハンドで、直接筆でアウトラインを描いていたのです。目安となる線や角度は、釘や尖筆で印をつけていました。

実際に、絵画の焦点(消失点)としたイエス・キリストの右のこめかみには、釘を刺した穴が、またそこから放射線状に広がる線が残っています。


なぜ革新的なのか?

  • サイエンスが融合したアート

レオナルド・ダ・ヴィンチ、『最後の晩餐』、1496〜1498年頃、459.7 X 880.1 cm、サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ、ミラノ

この絵には、モニュメンタリティー(堂々とした普遍性)という言葉がぴったりくるのではないでしょうか。

その理由は、聖書のドラマティックなシーンを題材としているだけでなく、その緊迫した瞬間を整然とした構図で描いているからです。

でも、なぜ整然としているのでしょうか?ひと言で言えば、次のようなシンプルなサイエンスが共存しているからです。


■イエス・キリストの右こめかみを絵の焦点(釘の穴)とし、すべての線がそこに集まる一点透視図法を採用

■幾何学的図形のコンビネーション

人物、窓の外の風景以外は、天井、窓、窓の上のアーチ、左右のタペストリー―を対照的に並べています。その中で、イエス・キリストは、頭を頂点とした三角形に描かれ、画面の核として高潔な存在感を放っています。


  • 宗教画に描かれた人間ドラマ

ダ・ヴィンチ以前にも、『最後の晩餐』という決定的場面は描かれていました。ただし、ご覧いただけると明らかなように、表情やしぐさが乏しいことにお気づきいただけるでしょう。

ドメニコ・ギルランダイオ(1449-1494)、『最後の晩餐』、1480-1481、400 x 880 cm、オンニサンティ教会、フィレンツェ

その一方、ダ・ヴィンチ作『最後の晩餐』は、イエス・キリストの言葉「あなたたちの一人が私を裏切るでしょう」に対する弟子たちのリアクションが個性に溢れています。一瞬で取られたそれぞれの人間の身体の動きから、手のしぐさ、表情までが絶妙に捉えられているのです。

ダ・ヴィンチは、「人間の感情がいかに全身に現れるか」を熱心に観察していました。次のイスカリオテのユダのスケッチを見ると一目瞭然ですね。

聖人を繕いながら、罪悪感を秘めた表情が見事としか言いようがありません。


レオナルド・ダ・ヴィンチ、『ユダの頭』、1495年頃、18.0 x 15.0 cm 、赤チョーク、紙本、イギリス王室コレクション、 Royal Collection Trust / © Her Majesty Queen Elizabeth II 2020

20世紀の大修復の後で

1977年〜97年に著名な保存修復士ピニン・ブランビッラ・バルチーロン主導の下、大規模な修復が行われました。

観覧者は、予約が必要で、湿気や塵などを除去するフィルターが設置された場所を通過し、15分程度この名画を鑑賞することができます。

とは言え、イタリアは近くありませんよね。家に居ながらにして見たい方は、今や160〜170憶画素でこの『最後の晩餐』を堪能することができます。

テクノロジーの進んだ現代に生まれて本当に良かった!

ダ・ヴィンチの知的な創造空間は、3DVR美術展『ダ・ヴィンチの5つの部屋』でご覧いただけます。ルネッサンスの美しい音楽もご一緒にどうぞ!