[オークション結果]アルブレヒト・デューラーの版画

今回のクリスティーズ、ロンドンでのオークション「オールドマスターズプリント」の動きは、非常に興味深かったです。 「コロナの影響が、何百万円代のアート市場にどう出るのか?」 にも興味がありましたが、最も高値が予想されていたデューラーの『メランコリアI』は撤退となり、注目されていた他の3点のうち2点には、最後の最後までビッターが現れなかったからです。 このまま見送られてしまうのかと思いきや、やっぱりデューラーの根強いファンがこの機会を見逃すわけはありません。ギリギリで勝負に出て来て、見積もり額の範囲以内で獲得していきました。 では、注目の版画の結果を見ておきましょう。なお、オークションに出品された版画そのもののサイズ、質を確認したい方は、クリスティーズサイトをご覧ください。ここでは、メトロポリタン美術館所蔵の画像でご紹介しています。 アルブレヒト・デューラー、『聖大アントニオスの読書』、1519、9.8 × 14.3 cm、エングレービング、メトロポリタン美術館 デューラー晩年期の傑作のひとつです。デューラーには珍しい横長のフォーマットです。キューブが集まった町の景観と、身体を丸めて熱心に読書する聖アントニオを対比させる構図が秀逸です。 聖大アントニオス(250〜350年頃)は、キリスト教最初の修道士であり、修道士生活を広めた人物です。彼を主題とした絵と言えば、彼のエジプトの砂漠での修行中に悪魔に誘惑されるシーンが一般的です。 ということは、このデューラーの版画は当時、聖大アントニオスの新鮮な側面をとらえた作品として話題になったことは間違いありません。 落札額は、3万5000ドル(日本円約375万円)でした。 アルブレヒト・デューラー、『書斎の聖ヒエロニムス』、1514、24.6 x 18.9 cm、エングレービング、メトロポリタン美術館 デューラーの円熟期の傑作3作―『書斎の聖ヒエロニムス』、『メランコリア I』『騎士、死、悪魔 I』―の中の1作です。しかしその中でも当時最高に人気があったのが、この作品であったことをデューラーは日記に書いています。 聖ヒエロニムスの「ヘブライ語やギリシャ語の研究者としての側面」をとらえた作品です。彼のイコノグラフィー(ライオン、十字架上のキリスト、枢機卿の帽子、骸骨)がバランスよく配されています。ステンドグラスから差し込む光とその影の描写も見事としか言いようがありません。 落札額は、6万2500ドル(日本円にして約669万円)でした。 アルブレヒト・デューラー、『聖エウスタキウス』、1501年頃、35 × 25.9 cm、エングレービング、メトロポリタン美術館 デューラーのエングレービングの中では、最大の大きさです。デューラーはまだ30歳で、ちょうど実力が開花し始めた頃の作品です。動物の描写が息を呑むような精密さであることにお気づきいただけるでしょう。 その内容は、ローマ帝国トラキヤス帝の将軍プラキドゥス(聖エウスタキウスの洗礼前の名前)のキリスト教への改宗の瞬間です。狩猟に出たプラキドゥスは、牡鹿(右奥)の角の間に十字架上のキリストの幻想を見ると同時に、神の声に導かれて家族と一緒に洗礼を受けることになります。名前もエウスタキウスと改名されます。 今回のオークションに出品された『聖エウスタキウス』は、「ハイクラウン」と呼ばれる透かしが入った1480〜1525年に使用されていた紙が使用されていました。 アルブレヒト・デューラーのエングレービングと木版画に1480〜1525年に使用されていた紙の透かし「ハイクラウン」CR:…

[オークション終了]アルブレヒト・デューラーの版画

今、ちょうどアルブレヒト・デューラー版画作品のオークションが、クリスティーズ、ロンドンで開催されていますので、その素晴らしさに触れておきたいと思います。 ダ・ヴィンチやラファエロといったルネッサンス絵画がとんでもない高額なのに比べて、デューラーの版画であれば、何十万円単位の作品もあり、購入を検討できるという楽しみもあります。 アルブレヒト・デューラーについて アルブレヒト・デューラー、『自画像』、1498 年(26歳)、プラド美術館 アルブレヒト・デューラー(1471〜1528)は、ドイツ、ニュルンベルク出身の画家、版画家、科学者、人道主義者です。 イタリアへの旅を通じて、アンドレア・マンテーニャ(1431〜1506)やジョヴァンニ・ベッリーニ(1430〜1516)の影響を受け、ルネッサンスをドイツへ持ち込むとともに、イタリアでも高い評価を得ています。北ヨーロッパのレオナルド・ダ・ヴィンチか、ラファエロかと言ってもいいかもしれません。 デューラーは、画家としても優れていましたが、彼が追随を許さない圧倒的な才能を開花させたのは、何と言っても版画です。 デューラーの父は、ハンガリーから移住した熟練した金細工師で、その18人の子供のひとりとして生まれました。彼の祖父も、金細工師から、印刷業、出版業へと成功しています。 その恵まれた遺伝子と環境を開花させたのは、彼がわずか13歳の時でした。その確かな腕で彫られた線描には驚嘆するしかありません。 アルブレヒト・デューラー、『自画像』、1484 年(13歳)シルバーポイント(銀尖筆)、アルベルティーナ美術館、ウィーン デューラーの出世作 デューラーの出世作は、木版画シリーズ『黙示録』です。 黙示録とは、1世紀後半に新約聖書の最後にあるヨハネが書いた聖典です。彼がパトモス島で見た世界の終末、人類の運命についての啓示を記しています。 15世紀末のドイツは、伝染病、農民一揆、宗教的対立など不穏な空気に包まれていたため、デューラーの『黙示録』は多くの人々の心をつかみました。 15シートから成る『黙示録』の4番目で、最も有名なのが『四人の騎手(四騎士とも)』です。2019年1月クリスティーズのオークションで、 61万2,500ドル(日本円で約6615万円)で取引されています。 アルブレヒト・デューラー、『四人の騎手』、黙示録シリーズより、1498 年、397×286 mm、木版画、メトロポリタン美術館、ニューヨーク 四騎手は、キリストが封印した7つのうち、4つを解いた時に召集され、剣、飢饉、野獣、伝染病をもたらす最後の審判への前兆です。 木版画とは信じられない流麗な線に魅了されます。それぞれの人物の表情の豊かさにもご注目ください。モノトーンな版画にもかかわらず、色がついているかのように多様な線で楽しませてくれるのが、版画の魅力です。 円熟期の始まり 木版画シリーズ『黙示録』から数年後、デューラーは、理想的な人間のプロポーションを彫れる技術を習得したことを証明します。 アルブレヒト・デューラー、『アダムとイヴ』、1504 年、251 x 200 mm、エングレービング、メトロポリタン美術館、ニューヨーク デューラーは、ダ・ヴィンチと同様に、人間のプロポーションについて熱心に研究していました。…