マネジメント、人事に不可欠なこの一冊

ダニエル・カーネマンと言えば、認知心理学者で、2002年に、経済行動学への貢献でノーベル経済学賞を受賞しています。そして、世界的ベストセラーになった『ファースト&スロー: あなたの意思はどのように決まるか(Thinking Fast and Slow)』の著者です。手に取られた方も多いのではないでしょうか。 そんな彼が、同僚2人――HEC経営大学院教授オリビエ・シボニー、ハーバード大学ロースクール教授キャス・R・サスティーン――と書いた最新刊が、『Noise: A Flaw in Human Judgment』です。翻訳版タイトルは、『Noise: 組織はなぜ判断を誤るのか』で、上下2巻本となっています。 左から、カーネマン、シボニー、サスティーン Photo: nextibigideaclub.com 正直、大ヒットの『ファースト&スロー: あなたの意思はどのように決まるか(Thinking Fast and Slow)』の後ですから、そんなに期待していませんでした。ところがみごとに裏切られ、個人的には深い思考に誘因されたと言う意味では、前著以上に傑作でした。カーネマンは、なんと今年88歳。でも、彼の知力は留まることを知りません。 副題を見ると、「人間の判断の盲点」を広く扱った内容と想像しがちなのですが、実際には、「人間に対する危うい人間の評価」がメイントピックとなっています。 ひと言で言えば、「組織ではいかに、いい加減に人間が評価されているか」という中身です。半端なく理不尽で、残酷な例が出てきます。 そして、この正当でない評価を作り出しているのが、Noise です。コンテクストによってさまざまなNoiseが存在します。イメージとしては、次の画像のような感じです。 Noiseには例えば、どんな天気なのか、時間帯はいつなのか、誰が最初に意見を言ったか、あるいは単純に個性などが含まれます。これらの影響を受けながら、人間が5段階スケールで評価する時、その判断力はあてにならなくなります。 入社試験や昇進で思い通りにいかなかった時、人は「自分の力量のせいとか、運のせい」と自己完結しがちです。しかし、その理解は、お門違いかもしれないわけです。 カーネマンらは、組織におけるこうした深刻な問題をまずエッジの効いた例証を通して指摘し、その処方箋についても丁寧に示してくれています。 ですので、特に人事担当者、マネジメント、プロジェクトリーダーの方々には、見逃せない一冊です。人間が人間を評価することの危険性、未来の公平性を強化する必要性について見なおすきっかけになることは間違いありません。 じゃあ、AIでの評価を徹底していけばいいとお思いの方もいらっしゃると思いますが、確かにアルゴリズムには、noiseはありません。しかしながら、バイアスはあるので100%の精度は達成できません。それに加えて、人間とは、精度の問題はさておき、自分で意思決定するのが好きなのです。この辺のところについても、分かりやすく解説してくれています。 ところで、この本のレビューを見ると、2つ星をつけていた方がいらっしゃるのです。 自分の中では近年の名著ベスト5に入るレベルなので、「いったいなぜ?」と探ってみると、この方の評価は、ほとんどすべてが2つ星とか1つ星なんです。常に辛口評価という個性をお待ちで、5つ星をもちろん、4つ星も、3つ星もつけないわけです。…

『魂の経営』と『両利きの経営』

コロナ禍の政府の動きを見ながら、「日本のリーダーシップは大丈夫か?」と感じずにはいられない今日この頃ではないでしょうか。 今回は、「不透明な事態のリーダーシップはどうあるべきか?」という、今まさに旬なトピックについて教えてくれる2冊の書籍を共有したいと思います。 結論から申し上げますと、知識や経験だけではダメで、やはり「知覚力」が問われるのです。 富士フィルムはいかに危機を乗り越えたか? この2冊に共通するのは、富士フィルムホールディングスのサクセスストーリーです。 『魂の経営』の著者は、現富士フィルムホールディングス代表取締役会長、古森重隆氏です。ご存知の方も多いと思いますが、同社の大改革の立役者です。今年6月には、退任して最高顧問となる予定です。 Photo: Amazon Photo:fujifilm.com 古森氏は、フィルム産業低迷期の始まりであった2000年に社長に就任して医療・製薬・液晶分野を開拓し、成長を牽引し続けた人物です。 その一方、フィルム産業でライバルだったコダックは、ちょうど古森氏が社長就任した頃から、みるみると衰退していきました。そして遂に、2012年に倒産処理手続きに至っています。この2社を比較すると、当時の危機の大きさと古森氏の手腕の凄さは簡単にご想像いただけるでしょう。 『魂の経営』は、そのキーパーソンである古森氏自身の回想録です。経営手法の他、心情や信念にも踏み込まれています。 他方、チャールズ・オライリー(スタンフォード大教授)&マイケル・タッシュマン(ハーバード大教授)著『両利きの経営』は、経営学的視点から、富士フィルムとコダックの戦略の差にフォーカスして書かれています。 古森氏の主観、研究者の客観的ビジョンを並べて読むと、危機の乗り越え方がより深く理解できて面白いです。 Photo: Amazon しっかり知覚してから土俵に立つ 不透明な事態で成功するためには、もはや知識とか経験の比重は少ないという事実も浮かび上がってきます。 なぜならば、スピーディーに変化する世の中では、自分の脳だけで判断しても役に立たないからです。その大前提として、「何を観るか」がどうしても問われます。 富士フィルムが、PDCA(Plan, Do, Check, Action)ではなくて、STPD(See, Think, Plan, Do)を重視しているのは、こうした理由によるのです。 直観とは知覚の賜物 さらに古森氏は、リーダーには、マッスル・インテリジェンスが必要と言います。 「やると決めたら、スピーディーにダイナミックにやる。.....中略.....火事などの災害に見舞われられたときに、どの方向に、どれくらいの速さで走って逃げれば逃げ切れるか。そんなことは教科書には書いていないし、学校の成績とも関係がない。そういう状況で切り抜けられる人と、そうでない人の差は、インテリジェンスの差ではなく、本能・直感の差である」 この「直感」と書いていらっしゃいますが、ビジネスの決断の話なので、おそらく「直観」の方を意図しているものと思います。眼の前の状況を観察しながら、それが脳の中で統合されて直観がふっと舞い降りてきます。この時は、それまで自分が知覚してきた蓄積(いわゆる知識)が功を奏します。…

書籍『知覚力を磨く』が出版されます

『知覚力を磨く―絵画を観察するように世界を見る技法』(ダイヤモンド社刊)が、2020年10月21日に全国書店で発売されます。なんと、すでに予約もできます。 この曖昧な世界は、思考力だけでは太刀打ちできません。「思考力以前」の「知覚力」が重要になります。 なぜなら、「何に目を向けて、いかに解釈するか」という部分が、データ予測から、問題解決、意思決定、知的生産まで大きな価値を持つからです。 本書は、「どのように見ればいいのか」「目のつけどころはどこなのか」の方法について解き明かす一冊です。イェール大学で始まり、全米100校以上で採用された絵画を使った知覚力を鍛えるトレーニングもご紹介しています。 そして、絵画を観察するように世界を見ている人々には、成功者が多いというのも事実です。レオナルド・ダ・ヴィンチから、アルベルト・アインシュタイン、黒澤明、ピーター・ドラッカー、ウォーレン・バフェット、柳井正、トニー・シェイ、スティーブ・ジョブズなどまで切りがありません。 よりクリアな目で、感動とチャンスに満ちた世界を見渡すために、知覚力を磨いてみませんか? そのノウハウは、『知覚力を磨く:絵画を観察するように世界を見る技法』でご覧ください。

ダ・ヴィンチ研究の集大成

カーメン・バンバック(メトロポリタン美術館キュレーター)著、『レオナルドダヴィンチ再発見(Leonardo da Vinci Rediscovered)』 つ、遂に出ました『Leonardo da Vinci Rediscovered ( レオナルド・ダ・ヴィンチ 再発見)』。 世界的権威のひとり、ニューヨークメトロポリタン美術館キュレーター、カーメン・バンバックが、24年間の研究成果を結集させたすごい本です。4巻本、2350ページ! ニューヨークタイムズでは、ベストアートブックス2019年の一冊として選ばれていました。現在、パリルーブル美術館とロンドンナショナルギャラリーでダ・ヴィンチ没後500年記念展がそれぞれ行われていますが、そのカタログを合体させたよりも価値が高いと絶賛しています。 いまだに真贋が議論になっている『救世主(Salvador Mundi)』についても、科学的調査に基づいて書かれていて興味津々です。 イェールの大先輩である著者の偉業を心から称えたいと思います。 ゆっくり読んでからレビューします。