本日から遂に大阪中之島美術館で、「フェルメール真珠の耳飾りの少女展」(2026年 8月 21日 -9月27日)が開催されます。
フェルメールの『真珠の耳飾りの少女』と『ディアナとニンフたち』を含む17世紀オランダ絵画全12作品が出品されます。加えて、フェルメール全現存作品が実物比率で映し出される予定です。
4度目の来日ですが、作品を所蔵するマウリッツハイス美術館マルティネ・ゴッセリンク館長から、今回が最後になる可能性が示唆されています。
この作品はたくさんの情報があちこちに散らばっていますので、この機会に押さえておきたいものを集約してみました。

この少女は誰なのか?
肖像画ではなく、オランダ絵画で「トローニー」と呼ばれるジャンルに属すると考えられています。
トローニーとは、特定の人物を描くのではなく、表情や光、衣装などを研究するためのキャラクター像です。
でもなぜ、トロ―二―と考えられているのでしょうか。それは、彼女の個性が強調されるわけではなく、その特徴がエキゾチックな服、シンボルとしての真珠、瞬間の表情、光のあたり方で表現されているからです。
ただし、勘違いしてはいけないのが、トロ―二―だからと言ってモデルがいないわけではない点です。つまり、これまで提案されてきたフェルメールの娘マリア、メイド、あるいはパトロン(マリア・デ・クヌイト)の娘との関連性が完全に否定するわけではありません。
トロ二―なのに、実在する人物をベースとしている例はあります。その代表例が、レンブラント・ファン・レイン作『笑う男』です。

銅板の上に、粗い筆致で描いたこの作品は、緊張がほどけた瞬間にふっと笑みがこぼれる、その人間的な一瞬を捉えた表情研究、つまりトロ―二―の特徴を持っています。
その一方、顔の特徴は、骨格から、鼻の膨らみ、眼の細めかたなど、レンブラント自身にそっくりです。
「フェルメール真珠の耳飾りの少女展」では、この作品も同時に公開されますので、こちらの方もじっくり堪能してみてください。
真珠の耳飾りについて
少女をつけている真珠の巨大なサイズからして、本物である可能性は極めて薄いです。
では、何なのでしょうか。
アムステルダム国立美術館絵画・彫刻部長Pieter Roelofsは、ガラス製の真珠模造品と見ていますし、またマウリッツハイス美術館長Martine Gosselinkは、真珠でもガラスでもなく、フェルメールが鉛白を使ってたった2筆でいとも簡単に描いた創作としています。

模造品とは言え、フェルメールはこの大きな真珠らしき耳飾りを、他のいくつかの作品にも登場させています。画家でフェルメールの研究者であるジョナサン・ジェイソンによれば、8作品に含まれているとのこと。たとえば、『手紙を書く婦人と召使』があります。

ところで真珠には、当時さまざまな意味がありました。東インド会社がアジアから持ち帰る高級品として、「裕福さ」「上流階級」「洗練」、また「オリエンタルな美」の象徴でもありました。
また、真珠は海から生まれる純白な宝石ですから、「純潔さ」を意味する一方、女性の身体性と結びつけられて「恋愛への期待」「誘惑」「官能性」の暗示ともされました。
でも、フェルメールはおそらく、こうした17世紀の一般的な象徴にはたいして興味なかったと想像します。それよりも、真珠は絵の世界観を演出する道具として興味があったのでしょう。
この作品の中の真珠は、小さな光源として、人物を引き立てています。真珠の気品ある輝きが、絵の独特な静けさと絶妙にマッチしています。
光への徹底したこだわり
緑のカーテンの意味
黒と思われていたこの絵の背景は、実際には深い緑であることが判明しました。
そこには、フェルメールならではの工夫が施されています。まず下層に黒(炭素黒)を塗って、その上に緑(緑土+黄土+ウルトラマリン)を重ねています。そして、べた塗りの緑ではなく、カーテンにした点、これこそが特異でして、光への執着が感じられる点です。
他の肖像画を見渡せば、黒や緑の背景は特に珍しいわけではありません。緑の背景は、ラファエロやティツィアーノなど、黒の背景は、レオナルドやフェルメール自身が使っています。フェルメールは当然、それを知っていたでしょう。

フェルメールは、そこから一歩進んで、新しい光の二重構造を作ったのです。
黒の背景ですと、光は完全に吸収されてしまいます。その上に緑を重ねると、黒で吸収しながらも、緑で柔らかく返すことになります。また、ウルトラマリンを混ぜることは、緑に透明感を出すことに貢献します。この顔料は、ご存知の方も多いと思いますが、超高額な顔料ですから、彼のこだわりの高さを証明しています。
そして、カーテンであることも見逃せない点です。カーテンは、室内感を出すことの他に、権威ある人の肖像画の背景に用いられることがあるのですが、フェルメールの場合はおそらく光を意識したと想像します。
カーテンがあると、わずかな凹凸・布の厚み・織りの方向によって、光の返り方が変わります。その自然なバラエティを、フェルメールは演出したかった可能性が高いです。
残念ながら、緑は変色してしまったので、どういうカーテンだったかはわからなくなってしまいましたが…。
光の点を描く
次の画像で確認できるように、フェルメールは、小さな点状のハイライトを両眼と、唇の両脇4か所に入れています。ここまで小さな光の点は、彼独自のものです。

これらはポワンティエ技法と呼ばれることがありますが、厳密な意味では、ポワンティエ技法は版画の点による陰影技法だったり、工芸の装飾技法だったりするので注意が必要です。また、後期印象派のジョルジュ・スーラやポール・シニャックが点の集合で色を作る点描法(ポワンティリズム)とも異なります。
こうした光の点は、フェルメールが、カメラ・オブスキュラ(「暗い部屋」を意味する光学装置)を使っていたことに由来することで最近の見解は一致しています。
初期の精度の良くないレンズでは、明るい部分がぼんやりとした光の斑点になってしまいました。フェルメールは、それを忠実に描いていたものの、そのうちにこの光の点の効果に気づいて使用するようになったと考えられています。
光の点の効果ですが、光が集中した箇所として、生き生きと輝かせることの他に、構図のリズムも作り出します。この構図のリズムは、次のこの作品が私たちを引きつける理由と関係しています。
なぜ引きつけられるのか
『真珠の耳飾りの少女』がなぜ人々を引きつけてやまないのか?
マウリッツハイス美術館は、眼球運動の追跡技術、脳波(EEG)、MRIスキャンを用いた脳科学的調査を行いました。
明らかになってことは、鑑賞者の視線はまず、右眼に引かれます。その後、左目、口元、真珠の耳飾りへと視点は移動します。この絵画の構図と光の点が、鑑賞者の眼をその小さな三角形の中の中の移動を繰り返して閉じ込めることになるというものです。

視線が三角形を循環するので、脳の「注意ネットワーク」が持続的に活性化することになります。さらには、視線ループが鑑賞を持続させることにつながります。
人を見る時、まず眼を見るのは自然ですが、すでに述べた光の点が視点の循環に役立っていると言えます。下唇の中央にはさらに長い線状のハイライトが、真珠には強い光沢が描かれています。
その他の発見
他にも、彼女の目元には不在だと思われていたまつ毛が描かれていました。
また、向かって左上にはフェルメールのサインが書かれていました。背景が黒に変色したことで、見えなくなっていたのです。

先のジョナサン・ジェイソンによると、フェルメール作品の中でサインが書かれているのは、35作品中25作品(真作は37作品とされる場合あり)となっています。このモノグラムのようなサインは、メトロポリタン美術館蔵『少女の習作』に似ています。
まとめ
『真珠の耳飾りの少女』には大規模な描き直しはないものの、肩のライン、顔の輪郭、イヤリング位置の調整、背景処理の変更などは行っていることも判明しています。構図のシンプルさからして、そこまで大きな変更は必要なかったのでしょう。
というわけで、『真珠の耳飾りの少女』の近年の発見について集約してみました。
これだけつかんでおけば、知識的なアップデートは十分かと思います。
本来は知識がない方が新鮮な気づきがある場合があります。ただ相当な混雑が予想されているようですので、観たいところをあらかじめ絞る心の準備をしておくべきかもしれません。
とにかくも観覧できる日がとても楽しみです!
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