もう止められない!NFTアートの波

エルミタージュ美術館所蔵のレオナルド・ダ・ヴィンチ『リッタの聖母』もNTF (非代替性トークン) アートになりました。昨年8月、他の名画4点と合わせて44万500ドル(約4850万円)で売られました。 ダヴィンチ研究所としては、この大ブームになっているNTFアートを考察してみることにしました。 レオナルド・ダ・ヴィンチ、『リッタの聖母』、1490年頃、テンペラ、キャンバス、42 cm × 33 cm、エルミタージュ美術館 NTFアートの起爆剤 NTFアートに火をつけたのは、2021年3月クリスティーズのオンラインオークションにて、グラフィックデザイナーである Beeple ビープル(Mike Winkelmann マイク・ウィンケルマン) の『Everydays: the First 5000 Days』が、約6935万ドル(約75億円)で落札されたことに始まります。 ビープル、『Everyday: The First 5000 Days』, 21,069 × 21,069 ピクセル、所有者Vignesh Sundaresan、Photo: Wikipedia Beepleビープルこと、Mike Winkelmann…

2022年は、見逃せない美術展だらけでどうします?

新年あけましておめでとうございます。 今年もダヴィンチ研究所をどうぞよろしくお願いいたします。 新年のイベントのひとつとして、公益財団法人関西生産性本部主催でオンラインセミナー「知覚力を磨く―知覚で不透明な世界を切り拓く」が開催されます。お目にかかれますことを楽しみにしております! ところで、年明けからそわそわしております。なぜってコロナはどこ吹く風、2022年の美術展は熱い企画が目白押しなのです。 もしも自家用ジェットを持っていたならば、いますぐロンドンに、3月はフィレンツェに間違いなく飛びます。 世界で開催されるイチオシ美術展を、時系列でご紹介してまいりましょう。 Dürer's Journey: Travels of A Renaissance Artist(デューラーの旅:ルネッサンス芸術家の旅行) ナショナルギャラリー、ロンドンにて、2022年2月27日まで開催 アルブレヒト・デューラー、『アダムとイヴ』、1504、エングレービング、26.5cmX20.9cm、アムステルダム国立美術館  久々の大規模なアルブレヒト・デューラー 展です。絵画、ドローイング、版画、手紙を展示しながら、ヨーローッパ中を旅した彼の軌跡を追います。 デューラーと言えば、やっぱりエングレービングです。その神業は、後世のアーティストたちに多大なる影響を与え続けてきました。その中でも状態が良い作品は非常に希少ですから、それらが一同に会して比較できる機会は貴重この上ありません。 デューラーの エングレービングの魅力 については、別エントリーで詳しく書いております。 フェルメールと17世紀オランダ絵画展 東京都美術館にて、2022年1月22日〜 2022年4月3日 フェルメール展と言っても、彼の作品は1点だけで、他を埋め尽くすのは、17世紀オランダ絵画作品ということはご理解の上で足を運んでくださいね。 とは言うものの、たった34しかないフェルメール作品の1点1点を着実に脳に刻み付けたいファンも大勢いらっしゃるでしょう。 今回のハイライトである1点は、2019年修復後、世界初公開(所蔵美術館であるドレスデン国立古典絵画館以外では)となる『窓辺で手紙を読む女』です。 フェルメールの意図に反して、厚い釉の下で眠っていたキューピッドが修復によって遂にお目見えしました。それを確かめるだけの目的に行っても、十分過ぎる価値がある展覧会でしょう。 ヨハネス・フェルメール、2019年修復前『窓辺で手紙を読む女』、1657-1659, 油彩、キャンバス、83…

イーロン・マスクの「眼」は何を観ているのか

Photo: wallpaper-mania.com よくいただく質問 よくいただく質問に、次があります。 「じっくり観察する暇はないです。時間をかけて観ることは、今のスピーディーな時代に逆行しているのではないですか?」 そう感じられるのは、もっともかもしれません。 検索ですぐに答えが見つかる時代に、観ることに時間を取るなんてもったいない!と思いがちです。 でも実際のところ、表面的に見ただけで、他人が発見できないような核心を見つけたり、成功したり、イノベーションを起こしたりしたという上手い話はほとんどないです。 この点は、昔も、この現代もまったく同じです。 成功者はやはりよく観ている 『 知覚力を磨く 』でも、絵画を観るように世界を見ている成功者たちの例について、ダ・ヴィンチから、アインシュタイン、黒澤明監督、柳井正さんまで大勢挙げました。加えて、ごく周りの人々を参考にしても、切れ者はやっぱり`世界をよく観ていますね。専門分野に固執することなく、広く観ていているのが特徴です。 ひとつ大事なポイントは、彼らは観ようと意気込んでいるわけではなく、観ることが習慣になっていて、ただ地道によく観ることを継続しているようです。その上で、判断や行動がスピーディーに行われています。 観たものやそれに対する自分の解釈が知識として脳に蓄積されていくと同時に、視覚的刺激が好奇心が突き動かして「思考」へと無理なく導いてくれます。 未来を観ているだけではない さて、今年11月に世界一の億万長者になったイーロン・マスクですが、彼に対してどんな印象をお持ちでしょうか。 テスラ社やスペースX社といった未来の先駆けとなるようなビジョナリーな企業のCEOとして、未来を常に追いかけているような、細かいことをすっ飛ばして大きなことだけ夢見ているような印象を与えがちではないでしょうか。 ところが、彼も成功者として例外ではなく、「詳細を観ること」の価値を重視しているひとりです。 Photo: thenextweb.com 誰を雇用するのか イーロン・マスク は、スペースX社の採用面接を自分で行っています。 いつも次の質問をするそうです。そうすると、「自分が欲しい人材かどうか」がだいたい分かると言います。 ■自分の人生の転機で、どんな決断をなぜ行ったか。 ■これまで直面した最も困難なことは何で、いかに解決したか。 マスクは、これらの質問をする理由について次のように説明しています。 「本当に意思決定したり、問題解決したりして、そのノウハウを学んだ人は、その時の細かな詳細についてちゃんと知っています。ところが、フリをしている人は、一つのレベルにとどまってしまって行き詰まるのです。そういう人に詳細を尋ねても、答えることはできません。」 あっ、そう言えば、アリストテレスも似たようなことを言ってましたっけ。本物の知恵は、古代から、現代まで延々と突き抜けます。…

ダ・ヴィンチ戦慄のデビュー作『受胎告知』

ずっと知覚の話になっていましたので、今回は、久しぶりに ダ・ヴィンチ の絵画に触れましょう。 そもそも ダ・ヴィンチ の絵画を含めて宗教絵画は、知覚力を鍛えるのは理想的なのです。その辺のお話は、いつかまたゆっくりしたいと思います。 さて、現存するダ・ヴィンチ作品の中で、最も古い絵画が『受胎告知』です。 『イエスの洗礼』や『大天使ラファエロとトビアス』もありますが、ダ・ヴィンチはそれらの制作に部分的にしか関わっていません。 『受胎告知』の方は、ほとんどの部分以上をダ・ヴィンチが制作した可能性が高いです。 何が私たちをときめかせるかと言えば、20代のダ・ヴィンチが並々ならぬ情熱と、成熟した時にいったいどんな並外れた絵を描くのだろうという期待感です。 レオナルド・ダ・ヴィンチ、『受胎告知』、1472〜1473年頃、98 cm X 217 cm、 ウフィツィ美術館、フィレンツェ、イタリア 作品の概要 内容 「受胎告知」とは、キリスト教絵画の中で最も多く描かれるトピックのひとつです。 新約聖書ルカによる福音書 1:26-39 を絵画化したものです。神の使命を受けた大天使ガブリエルが、ガリラヤの町ナザレの処女マリアを訪れ、ジーザスという名前の息子を受胎したことを知らせるその瞬間です。 大天使ガブリエルは左手に白のユリ(純潔のイコノグラフィー)を持ち、右手は祝福のサイン(人指し指と中指を伸ばし、他の指は閉じる)を示しながら跪いています。その場所である囲まれた庭には、草花が絨毯のように咲き乱れています。囲まれた庭(Hortus conclusus)は、マリアの処女性のシンボルでもあります。 一方、マリアは読書中で、大理石の装飾的な台座がついた聖書台に置かれた聖書のページを押さえながら顔を上げ、この訪問に対して、左手で驚きを表現しています。 家の外には、幾何学的な木々が並び、その向こうには、岡、船が見える港町、遥か彼方には高い山々がかすかに見えます。その港町の風景の中心は、ちょうどこの絵の消失点としての役割を果たしています。 レオナルド・ダ・ヴィンチ、『受胎告知』後景部分、 ウフィツィ美術館、フィレンツェ、イタリア 背景 この『受胎告知』は、1867年にフィレンツェのサン ・ バルトロメオ ・ モンテオリヴェート教会から、ウフィツィ美術館に持ち込まれましたが、それ以上の来歴については詳しく分かっていません。 作者は、ダ・ヴィンチではなく、彼の恩師であるアンドレア・デル・ヴェロッキオ、ロレンツォ・ディ・クレディ、ドメニコ・ギルランダイオと疑問視されることがありました。…

最近のアート市場から目が離せない!

Art Basel 2021が、9月24-26日に開催されました。 毎年6月にスイス北西部バーゼルで行われている世界最大の現代アートフェアですが、COVID-19の影響を受け、昨年はオンラインのみ、今年は3か月遅れでオンサイトの方も開催に踏み切りました。 今回は、250のギャラリーと4000人以上のアーティストの作品が、オンサイトとオンラインで一堂に会しました。 「どんな現代アート作品に自分は魅力を感じるのか?」 「今評価されているのは、どんな作品なのか?」 と考えながら覗いてみると、いつも楽しいサイトです。現在は、12月にマイアミビーチで行われるアート・バーゼルでの出品予定作品が閲覧できます。著作権の関係で、ここには残念ながら作品を掲載できませんが….…。 artbasel.com ところで、アート・バーゼルのスポンサーが、あのスイスに本社がある投資銀行であり、金融サービス会社であるUBS(Union Bank of Switzerland)です。アート・バーゼルの他にも、数々のアートや音楽イベントのスポンサーとして有名です。 UBS本社、チューリッヒ UBSは、個人資産を運用する銀行としては世界第1位です。要するに、アートのスポンサ一としての活動は、富裕層の信頼を得ることに十分意味があるわけです。 UBSは、Arts Economics に委託して毎年アート市場についても緻密な調査をしています。そのデータに注目すると、日本の新聞ではあまり取り扱われないような面白いことが分かります。 特に興味深いところに着目してみましょう。 COVID-19の影響で、2020年の美術品セールスは501憶ドル(日本円に5兆10億円)と22%落ち込んだ。にもかかわらず、オンラインでの美術品セールスは史上最大規模となり、1年で2倍で124憶ドル(日本円にして1兆240億円)となった。 富裕層アートコレクターの66%が、COVID-19によってアートへの関心を一層深めている。 アートに100万ドル(日本円にして1億円)以上支払った世代別割合を見ると、ベビーブーマー世代の富裕者層(1946-1964年頃生まれ)が17%、その一方でミレニアル世代の富裕者層(1981年頃以降生まれ)は30%とより多かった。 世界最大規模のアート市場は、相変わらずアメリカ42%, 中国20%、イギリスが20%がトップ3を占めている。 (c)Arts Economics 2021 Source: The Art…

ドキュメンタリー映画『ロスト・レオナルド』

レオナルド・ダ・ヴィンチあるいは彼と工房による作品、『サルバドール・ムンディ』、1500年頃、45.4cm × 65.6cm、木製パネル(くるみ材)サウジアラビア王太子ムハンマド・ビン・サルマーン所有、所在不明 『サルバドール・ムンディ』の謎に包まれた軌跡  今年6月、米国トライベッカ映画祭にてプレミアム上映されたドキュメンタリ―映画『ロスト ・ レオナルド(失われたレオナルド)』が、8月13日から米国で一般公開されています。 この映画の主役は、レオナルド・ダ・ヴィンチ作かどうかの真贋がわからないまま、所在さえも不明となっている絵画『サルバドール・ムンディ』。その絵の発見から、現在に至るまでの紆余曲折したミステリアスなストーリーを追っています。「ダ・ヴィンチ作だとしたら……」というワクワク感と、本物だった場合の膨大な金銭的価値によって翻弄された一枚の絵画の軌跡とも言えますね。 (映画についてではなく、絵画自体の軌跡の方は、別エントリーに詳しく書きましたのでそちらをご覧ください) https://www.youtube.com/watch?v=j0lXLGgQjYY デンマークの監督による美しいアートフィルム この映画ですが、日本でも公開されたらいいなと期待しております。と言うのも、ものすごく良くできたドキュメンタリーだからです。 デンマーク人の監督アンドレアス・コーフォード(Andreas Koefoed)が、初めて製作したアートフィルムなのですが、信じられないくらい優れた仕事をしています。 まず、色・光・カメラアングルが、非常に美しい! それと、 『サルバドール・ムンディ』 の真贋に直接的に関わった人々――アートディーラー、保存修復士、キュレーター、オークションでのバイヤーとセラー、アートジャーナリスト、ダ・ヴィンチ研究者など――のインタビューが抜けなく集められています。 永遠に残るフィルムですから、これだけの人々にインタビューで「真贋」を証言してもらうには、相当の説得力が必要だったでしょうね。将来、科学的手法で真贋にケリがついた時、専門家である自分が偉そうに反対のことを主張していたら、恥ずかしい気持ちが否めないでしょうから。 インタビューのカメラワークも工夫されていて、人が中央に座って真正面から撮影しています。証言台に立たされているようで、特徴的です。これ、実はコーフォード監督のねらいで、 『サルバドール・ムンディ』 の真正面向きの構図と重ねていたことを後で知りました。 『ロスト・レオナルド』 の監督、アンドレアス・コーフォード © Erika Svensson/Sony Pictures Classics 『サルバドール・ムンディ』は今どこに? 『サルバドール・ムンディ』…

トップアスリートに学ぶ!パフォーマンスのための知覚力

オリンピック真っ最中ですね。 ところで、オリンピックに出場するようなトップアスリートとそれ以外を隔てるものは何でしょうか? 実は、これもまた知覚力なのです! アスリートの3つのステップ アスリートは、知覚したことを、脳で解釈し判断して、正確な身体の動きにする3ステップを何度も繰り返したり、その連続を瞬きをするくらいの速さで完了したりしなければなりません。 そして、各ステップすべてでミスせずに、眼を含む感覚器・脳・身体が効率的に連携した時にこそ、最高の結果を叩き出します。 頂点を極めるためのメンタルトレーニング さて、ここで問題です。 オリンピック選手が4つのグループに分かれて、異なる配分のトレーニングを行いました。 最も良い成績を残したのは、どのグループだったでしょうか? グループ1:100%フィジカルトレーニンググループ2:75%フィジカルトレーニング、25%メンタルトレーニング グループ3:50%フィジカルトレーニング、50%メンタルトレーニンググループ4:100%メンタルトレーニング おそらく、フィジカルとメンタルを配合したグループ2か3と思われた方が多いのではないでしょうか。 ところが正解は、グループ4です。 トップアスリートにとっては、メンタルトレーニングが、フィジカルトレーニングの効果を上回るという驚愕のデータです。 Photo: Business Insider トップアスリートのメンタルトレーニングとは? でも、メンタルトレーニングってどんなものでしょうか。 メンタルトレーニングの中でも優れた効果が認められているのが、「マインドアイで行なうリハーサル」なのです。 具体的には、競技本番でパフォーマンスをする自分を頭の中でリアルにイメージする練習です。 内村選手からマイケル・ジョーダン、タイガー・ウッズまで オリンピック体操個人男子2連覇と世界選手権6連覇いう前人未到の快挙を果たした内村航平選手が、 「競技の最中に、もうひとりの自分が完璧な演技をしているのが観える」 とあるインタビューで語ったことを覚えています。 また、史上最強のゴルファーと言われるジャック・ニクラスは、 「練習の時でも、頭の中に画像を持たずにワンショットすら打ったことはない。」 と著書で述べています。 他にも水泳自由形選手でオリンピックメダル獲得数1位のマイケル・フェルプス、バスケットボール史上最も偉大な選手と公式認定されたマイケル・ジョーダン、マスターズを僅か12ショットで勝利したタイガー・ウッズ、ベースボール史上最もパワフルなバッターのひとりであるテッド・ウィリアム他が、マインドアイでイメージを観ながらトレーニングしていることが知られています。 どんなパフォーマンスにも効く…

レンブラント『夜警』は本当にAIでよみがえったのか?

オランダバロック時代の巨匠レンブラント・ファン・レイン(1606-1669)による名画『夜警』(1642年作、アムステルダム国立美術館所蔵)が、300年ぶりにAIによって欠損部分が復元されました。 復元されたスキャン画像は、オリジナル絵画とともに3か月間(2021年7月〜)特別公開されます。 『夜警』とは? レンブラント・ファン・レイン、『夜警』、1642、アムステルダム国立美術館、363 cm × 437 cm、油彩、キャンバス(1715年欠損後) 上の画像で物足りない方は、世界で一番解像度が高い『夜警』をご覧ください。 『夜警』と呼ばれていますが、後年のニックネームです。 現在の正式名称は、『フランス・バニング・コック隊長指揮下にある第2市民自警団』(オランダ語: Schutters van wijk II onder leiding van kapitein Frans Banninck Cocq)ですが、元々はもっと長い名称でした。 その名称から推測できるように、主題は、アムステルダムを警備していた市民自警団が出勤する様子です。その隊長が、フランス・バニング・コック(画面中央向かって左の人物)で、副隊長がウィレム・ファン・ライテンブルフ(画面中央向かって右)でした。その自警団は、火縄銃隊でした。 『夜警』というニックネームは、重ねづけらた釉が黒ずみ、夜のシーンと信じられていたことによります。1940年代に劣化していた釉は取り除かれましたが、その名は今日まで継続的に使われています。 『夜警』の革新性 こんな大作を、繊細な技巧、秀逸な構図、ドラマティックな明暗の演出で描いた『夜警』は、レンブラント作品の中で間違いなく最高傑作です。 さらなる革新性と言うと、この絵が市民自警団の「肖像画」である点です。 肖像画で思い出すのは、パターンが決まった固いポーズをした人物ですよね。ところが、この絵画では、それぞれの人物がそれぞれのアクションの中で、生き生きとしたポーズと表情で捉えられています。 焦点は、中央の隊長、副隊長ではありますが、その他のすべての人物も個性的に、民主的に描かれている点は見逃せません。 グループの肖像画にこうした躍動する姿を採用したのは、美術史上最初のことでした。 『夜警』を襲ったダメージ 『夜警』が400年近くを経た現在まで、その崇高な姿が見られるのは奇跡と言っても過言ではありません。と言うのも、これまで絵画にとっては致命的な出来事に襲われてきたからです。 ■1715年、画面の切り詰め この年、『夜警』は、火縄銃手司令部建物の広い宴会ホールから、アムステルダム市役所へ移動されました。その際、2つのドアのあいだのスペースに入らなかったため、上下左右が切り詰めされました。…

未完の『荒野の聖ヒエロニムス』はいつか絶対に観たい

ダ・ヴィンチ作品の真贋には、さまざまな議論があります。 その中で、この『荒野の聖ヒエロニムス』は未完成にもかかわらず、真作であることを疑う余地がない数少ない作品のひとつです。なぜでしょう? この作品にはダ・ヴィンチしか描くことのできない独自性が詰まっているからです。 もしも完成していたら、ダ・ヴィンチ以外にも多くの画家たちが手がけた『荒野の聖ヒエロニムス』の中で、異彩を放つ圧巻の作品になってことは間違いありません。 レオナルド・ダ・ヴィンチ、『荒野の聖ヒエロニムス』、103 cm × 75 cm、1482年頃、油彩、テンペラ、パネル(クルミ材)、バチカン美術館、バチカン ※この『荒野の聖ヒエロニムス』を含むダ・ヴィンチの絵画全作品が、「ダ・ヴィンチの5つの部屋」でご覧いただけます。ルネッサンスの臨場感をお楽しみください! バックグラウンド この作品が知られるようになったのは、19世紀アートコレクターで、ナポレオン・ボナパルトの叔父であるフランス聖職者ジョゼフ・フェッシュ(1773〜1839)のコレクションになってからのことです。 ポプラ材パネルに描かれたこの絵は、異なる場所で5分割された状態で発見されました。どうしてバラバラになったのか、そのいきさつについては分かっていませんが、奇跡的につなぎ合わされて蘇りました。 ダ・ヴィンチは、この作品を死ぬまでずっと手放さなかったのかもしれません。というのも、1525年の時点では、弟子サライ(ジャン・ジャコモ・カプロッティ)の所有物リストに2点の聖ヒエロニムスの絵画が記録されていて、そのうちの一点である可能性が高いからです。 作品の概要 題材 聖ヒエロニムス(347年頃 〜419/420年、記念日9月30日)は、西洋における4人のキリスト教の父(他は、アウレリウス・アウグスティヌス、アンブロジウス、グレゴリウス1世)のうちのひとりです。 また、聖書をギリシア語とヘブライ語から、ラテン語に翻訳しました。20世紀半ばまでカトリック教会における正式な聖書として知られるウルガタ聖書です。 『荒野の聖ヒエロニムス』は、ヤコブス・デ・ウォラギネ(1230年頃〜1298年)著『黄金伝説』の内容に影響を受けた描かれた可能性が高いです。『黄金伝説』とは、キリスト教の聖者たちの列伝で、ルネッサンス期にはイタリア語版だけで異なる11バージョン存在するほどに人気がありました。 ヤコブス・デ・ウォラギネ、『黄金伝説』、1290年頃 Photo:Sailko 聖ヒエロニムスには、ヘブライ語やギリシャ語を研究する「学者としての側面」もありますが、『黄金伝説』が強調したのは、カルキスの砂漠(シリア)砂漠で約4年間隠遁(374〜378年頃)し、壮絶な気候の中で、孤独や欲望と戦う「苦行者としての側面」です。 言うまでもなく、ダ・ヴィンチの『荒野の聖ヒエロニムス』は後者に焦点を合わせています。 内容 ローブをまとっただけの聖ヒエロニムスを画面中央に配し、岸壁とその奥に水面が広がる風景を背にし、左足を跪いています。その表情は、人間の限界をキリストへの献身で克服しようとする壮絶な魂の葛藤が描写されています。 石を握った右手を伸ばしていますが、これは聖ヒエロニムスのイコノグラフィーです。彼が苦行中に、邪悪な欲望を鎮静するために石で胸を打っていたことに由来します。 聖ヒエロニムスと言えば、ライオンと、十字架上のキリストも頻繁に一緒に描かれます。ここでは、ライオンは聖ヒエロニムスの前に横たわり、吠えているようです。十字架上のキリストは、右端にかすかに見えます。十字架上のキリストの左側には、教会があります。 レオナルド・ダ・ヴィンチ、「荒野の聖ヒエロニムス」部分、バチカン美術館、ローマ ライオンは、聖ヒエロニムスがライオンの足に刺さった棘を抜き、治療して以来、共に過ごすようになったという伝説に由来しています。ダ・ヴィンチは実際にライオンを見たことがあり、その身体と尾のしなやかなカーブが確かな輪郭で描かれています。 ここが革新的 構図が斬新 岸壁の2か所からその奥を望む背景、聖ヒエロニムスとライオンの配置が斬新です。『荒野の聖ヒエロニムス』が、数年後に手掛けた『岩窟の聖母』への脚掛けとなっていることは明らかでしょう。岸壁の2か所からその奥を見渡せる背景も、そして中央で跪く聖母も酷似しています。 レオナルド・ダ・ヴィンチ、『岩窟の聖母』、1483〜1486、油彩、キャンバス(パネルから改変)、199 cm…