ドキュメンタリー映画『ロスト・レオナルド』

レオナルド・ダ・ヴィンチあるいは彼と工房による作品、『サルバドール・ムンディ』、1500年頃、45.4cm × 65.6cm、木製パネル(くるみ材)サウジアラビア王太子ムハンマド・ビン・サルマーン所有、所在不明

  • 『サルバドール・ムンディ』の謎に包まれた軌跡 

今年6月、米国トライベッカ映画祭にてプレミアム上映されたドキュメンタリ―映画『ロスト ・ レオナルド(失われたレオナルド)』が、8月13日から米国で一般公開されています。

この映画の主役は、レオナルド・ダ・ヴィンチ作かどうかの真贋がわからないまま、所在さえも不明となっている絵画『サルバドール・ムンディ』。その絵の発見から、現在に至るまでの紆余曲折したミステリアスなストーリーを追っています。「ダ・ヴィンチ作だとしたら……」というワクワク感と、本物だった場合の膨大な金銭的価値によって翻弄された一枚の絵画の軌跡とも言えますね。

(映画についてではなく、絵画自体の軌跡の方は、別エントリーに詳しく書きましたのでそちらをご覧ください)



  • デンマークの監督による美しいアートフィルム

この映画ですが、日本でも公開されたらいいなと期待しております。と言うのも、ものすごく良くできたドキュメンタリーだからです。

デンマーク人の監督アンドレアス・コーフォード(Andreas Koefoed)が、初めて製作したアートフィルムなのですが、信じられないくらい優れた仕事をしています。

まず、色・光・カメラアングルが、非常に美しい! それと、 『サルバドール・ムンディ』 の真贋に直接的に関わった人々――アートディーラー、保存修復士、キュレーター、オークションでのバイヤーとセラー、アートジャーナリスト、ダ・ヴィンチ研究者など――のインタビューが抜けなく集められています。

永遠に残るフィルムですから、これだけの人々にインタビューで「真贋」を証言してもらうには、相当の説得力が必要だったでしょうね。将来、科学的手法で真贋にケリがついた時、専門家である自分が偉そうに反対のことを主張していたら、恥ずかしい気持ちが否めないでしょうから。

インタビューのカメラワークも工夫されていて、人が中央に座って真正面から撮影しています。証言台に立たされているようで、特徴的です。これ、実はコーフォード監督のねらいで、 『サルバドール・ムンディ』 の真正面向きの構図と重ねていたことを後で知りました。


『ロスト・レオナルド』 の監督、アンドレアス・コーフォード © Erika Svensson/Sony Pictures Classics

  • 『サルバドール・ムンディ』は今どこに?

『サルバドール・ムンディ』 の所在は、現在不明です。

2017年に世界最高額の絵画として落札したサウジアラビアの王太子ムハンマド・ビン・サルマーンのヨットの中とか、あるいは、スイスの課税されない特別区に保管されていると噂されています。

それに、もうひとつ、まことしやかな噂があるのです。

2019年にルーブル美術館で行われたダヴィンチ没後500周年記念美術展で、出展が予定されていた『サルバドール・ムンディ』が出品されなかったのは、美術館が美術展図録で『サルバドール・ムンディ』を真作と認定しなかったことにあると言われています。

もし本当だとすれば、所有者が、真作でないという評価が広まることを危惧している可能性もあり、今後私たちの前に2度と現れることはない可能性もあります。


ムハンマド・ビン・サルマーン所有のヨット Photo: yachtharbour.com

  • やっぱり真贋が気になる

『サルバドール・ムンディ』 を保存修復したダイアン・モデスティー二 Photo: bbc.co.uk

映画を見ていただくと分かる通り、専門家のあいだで真贋は割れています。 レオナルド・ダ・ヴィンチの作品なのか?工房作品で、ダ・ヴィンチが関わったとしても僅かなのか? どちらにせよ、ダ・ヴィンチの筆は存在したとしても、ごく一部ということになるでしょうね。それくらい、修復前のダメージがひどかったからです。

その点は、保存修復したダイアン・モデスティー二が公開している修復過程から推測できます。

コーフォード 監督が、映画を製作しながら得た教訓を次のように述べています。

「私たちは皆、おとぎ話に魅せられてしまい、批判的な眼を失ってしまうのです」

つまり、彼は人間が陥りやすい確証バイアスの危険を実感したというわけです。

さて、皆さんの真贋のジャッジをいかに?『ロスト ・ レオナルド』を観ながら、解読にチャレンジしてみてください。