何がアートの値段を決めるのか?―グスタフ・クリムトで考えてみた

日本人コレクターが再び注目される

2023年5月16日、サザビーズニューヨークで開催されたオークションで、グスタフ・クリムト(1862-1918)作『Insel im Attersee (アッター湖の島)』が、5320万ドル(日本円約72億6000万円)で落札されました。

購入者が、日本人コレクターであったことから日本のニュースでも大きく取り上げられました。


グスタフ・クリムト、『Insel im Attersee (アッター湖の島)』、1901-02年頃、100.5 X 100.5 cm, キャンバス、油彩、プライベートコレクション

購入者が誰かは公表されていませんが、投資だけを狙ったのではなく、絵画通な方ではないかと推測します。

クリムトの風景画は、そこまで有名ではありませんし、その中でも彼の傑作を生んだ「ゴールドの時代」に描かれ、その特徴「光や色やテクスチャを万華鏡のように表現」が顕著なこの作品を選んだのは、おそらく絵をよくご存じの方に違いありません。


いったいどこが違うのか?

実は約7か月前、2022年11月9日に、クリムト作の別の風景画『白樺の森』が、クリスティーズニューヨークで、1億458万5千ドル(日本円約147億4700万円)で落札されています。

先の『Insel im Attersee (アッター湖の島)』と比較すると、2倍以上の値がつきました。いったいどんな作品なのでしょうか。こちらです!


グスタフ・クリムト、『白樺の森』、1903年、110 X 110 cm, キャンバス、油彩、プライベートコレクション

さて、どんなことを感じましたか。

2作品の第一印象はかなり異なりますよね。しかし、実際には共通点も多いのです。

この絵画の題材は「森」で、前の「湖」とは異なりますが、同じ風景画のジャンルです。しかも、この白樺の森はアッター湖近くにあり、どちらもクリムトが避暑地として好んだ場所の景色を描いています。

さらに、制作年代・サイズ・メディアム・作品のコンディションといった作品自体の特徴はどれもあまり変わりません。


2つの要因

では、この2枚の絵の落札額が異なるのはなぜでしょうか。どう思われますか?

2つの要因がまず考えられます。

ひとつは、作品の値段は画家の名前だけで決まるわけではなく、同じアーティストでも作品によって幅があることです。例えば、多作な画家や、画風やテクニックがまだ安定していない若手アーティストは、作品評価に大きな差がつくことがあります。

では、『白樺の森』により高い評価がついたのはなぜでしょうか。

複雑な構図や緻密な筆致もそうですが、色使いがクリムトの傑作のひとつで世界的に有名な『アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 I』と明らかに紐づけられる特徴を持っているからだと考えられます。


グスタフ・クリムト、『アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 I』、1907年、140 X 140 cm, キャンバス、油彩、ノイエ・ガレリエ、ニューヨーク

『白樺の森』の値を押し上げた2番目の要因は、作品の来歴です。簡単に言えば、「過去の所有者は誰だったか」ということです。

『白樺の森』の前オーナーは、2018年に亡くなったマイクロソフト社共同創業者ポール・アレン(Paul Allen)でした。『白樺の森』が出品されたオークションでは、ジョルジュ・スーラ、ポール・セザンヌ、フィンセント・ファン・ゴッホの傑作を含む壮大なコレクションが売却され、総額約15億ドル(日本円約2200億円)でした。彼の遺志により、チャリティーに寄付されています。

有名なコレクターが収集した質の良いコレクションに入ると、高値がつくことはよくあります。


アートの価値を決める3つのカテゴリー

ではここで、一般論としてまとめておきましょう。

3つの大きな視点―アーティスト自身・作品・その他―から評価すると、おおよそのアートの価値が見えてきます。

※真作か贋作かの問題もありますが、今回は真作であることを前提に書いています。


  • アーティストとしての評価

■アーティスト自身の評価

美術史と市場両面から、アーティストを考察する必要があります。

例えば、クリムトを美術史から見ると、オーストリアのウィーン分離派の巨匠で20世紀で最も偉大な装飾的画家と言えます。

また、市場的に見ると、クリムトのオークションでの落札率は85%で、最高落札額は、先の1億458万5千ドルで、絵画1平方インチあたりの値段は、約5万5000ドル(日本円で約765万円)がつく画家であることがわかります。

■アーティストの制作年代からの評価

傑作自体の価値が高いのはもちろんですが、その傑作と同じスタイルを制作した時期は値段が上がる傾向があります。クリムトの上記の2作品はまさにこの例となります。


  • 作品の評価

作品自体の価値を左右する点には、下記があります。

■サイズ

作品が大きくなると、価値は上がるということは自然です。ところが、微妙に下がることも事実です。

なぜなら、一般的なコレクターはサイズが大きすぎると、扱いにくくなることを知っているからです。つまり、住居の壁に気軽に掛けられないような絵画の需要は限られてしまいますから、値段が下がることがあります。クリムトの上記2作品は、理想的なサイズと言えるでしょう。

■ミディアム

一般的に、油彩画は、紙に他のメディアムで描かれた絵よりも高値になります。制作コストもかかることもありますが、保存にも優れています。

例えば、クリムトは、多くのドローイングも制作していてオークションにもよく出品されますが、高くとも3000万円以上になることは現時点ではありません(そもそもサイズも小さいですが)。


グスタフ・クリムト、『横たわるドレープをまとった裸婦後ろ姿』、1917–1918年、37.1 × 56.8 cm, 紙、グラファイト、メトロポリタン美術館、ニューヨーク ※ドローイングの例であり、オークションに出品された例ではありません。

■制作年代

クリムトの例ですでに述べましたが、画家には、作品の質的レベルがピークに達する時期があります。他の例を挙げると、パブロ・ピカソの場合は、青の時代(1901-1904)とバラ色の時代(1904-1906)は、最も高値がつきやすい制作年代となります。

■作品のコンディション

美術品の価値にとって、コンディションは生命線です。ダメージがある作品は、修復にコストがかかりますし、修復不可能かもしれません。信頼のできるギャラリーやオークションハウスほど詳細なコンディションレポートを共有してくれます。

■来歴

絵の履歴書と言っていいでしょう。画家本人のストーリーと関わっていたり、歴史上の有名人に所有されていたりすると箔がついて価値を上げることがあります。


  • その他の評価

アートの値段を決める要素は、アーティストと作品以外にもさまざまな要因が絡み合っています。

ある意味、「世界経済がどうなるか?」を予想するよりも複雑かもしれません。

購入時の経済状況・景気動向・税金や保険政策などの他、人間の作品に対する感情やオークションに参加した時の心理なども価格を左右する原因となります。

以上の「アートの値段を決める要素」は、べつに超高額なアートだけにあてはまるわけではありません。どんなアートでも、買おうと思った時にぜひ思い出してみてください。購入してから後悔せずにすむかもしれません。