ずっと知覚の話になっていましたので、今回は、久しぶりに ダ・ヴィンチ の絵画に触れましょう。
そもそも ダ・ヴィンチ の絵画を含めて宗教絵画は、知覚力を鍛えるのは理想的なのです。その辺のお話は、いつかまたゆっくりしたいと思います。
さて、現存するダ・ヴィンチ作品の中で、最も古い絵画が『受胎告知』です。
『イエスの洗礼』や『大天使ラファエロとトビアス』もありますが、ダ・ヴィンチはそれらの制作に部分的にしか関わっていません。
『受胎告知』の方は、ほとんどの部分以上をダ・ヴィンチが制作した可能性が高いです。
何が私たちをときめかせるかと言えば、20代のダ・ヴィンチが並々ならぬ情熱と、成熟した時にいったいどんな並外れた絵を描くのだろうという期待感です。
作品の概要
- 内容
「受胎告知」とは、キリスト教絵画の中で最も多く描かれるトピックのひとつです。
新約聖書ルカによる福音書 1:26-39 を絵画化したものです。神の使命を受けた大天使ガブリエルが、ガリラヤの町ナザレの処女マリアを訪れ、ジーザスという名前の息子を受胎したことを知らせるその瞬間です。
大天使ガブリエルは左手に白のユリ(純潔のイコノグラフィー)を持ち、右手は祝福のサイン(人指し指と中指を伸ばし、他の指は閉じる)を示しながら跪いています。その場所である囲まれた庭には、草花が絨毯のように咲き乱れています。囲まれた庭(Hortus conclusus)は、マリアの処女性のシンボルでもあります。
一方、マリアは読書中で、大理石の装飾的な台座がついた聖書台に置かれた聖書のページを押さえながら顔を上げ、この訪問に対して、左手で驚きを表現しています。
家の外には、幾何学的な木々が並び、その向こうには、岡、船が見える港町、遥か彼方には高い山々がかすかに見えます。その港町の風景の中心は、ちょうどこの絵の消失点としての役割を果たしています。
- 背景
この『受胎告知』は、1867年にフィレンツェのサン ・ バルトロメオ ・ モンテオリヴェート教会から、ウフィツィ美術館に持ち込まれましたが、それ以上の来歴については詳しく分かっていません。
作者は、ダ・ヴィンチではなく、彼の恩師であるアンドレア・デル・ヴェロッキオ、ロレンツォ・ディ・クレディ、ドメニコ・ギルランダイオと疑問視されることがありました。
しかし、大天使ガブリエルの右袖・胴着部分・マリアに似た顔のスケッチが発見されて以降は、ダ・ヴィンチ作であることがほとんど決定的になっています。
ここが革新的
- 秀逸な構図
細長い98 cm X 217 cmというパネルに、これだけ複雑な構図を描いた才能は、圧巻というより他に言葉が見つかりません。前景を強調しながらも、最も手前の草花から、奥の遠山まで非常に深い空間を創造しています。
ひとつ不自然な箇所にお気づきいただけたでしょうか。
聖書台とその上の聖書のページを押さえるマリアの右手の位置関係です。ビジュアル的には、彼女の右手が届きそうにないほど聖書台は前景に描かれています。
この奇妙な点について、絵画が設置されていた場所に合わせ、右下からの視線に符合するように調整されたのではないかという説があります。その一方、ダ・ヴィンチの光学、遠近法研究の初期段階とする解釈もあります。
- 光と影の匠
アリアも、ガブリエルも、その立体的な存在感が画面から彫り出されるように描かれています。師であり、彫刻家として卓越していたアンドレア・デル・ヴェロッキオから学習したのです。
しかしすでに師を超えちゃった点もあるんですね。それは、実際に眼が受容する光と影を意識しながら、彩色していった点にあります。その結果、人も、背景も非常に自然です。アンドレア・デル・ヴェロッキオとロレンツォ・ディ・クレディの作品と比較してみるとよく分かります。
- ナチュラリズム
光と影の話とも関係しますが、服の自然で優美な衣紋線に眼を奪われてしまいます。
ダ・ヴィンチは、ある特別な方法で衣紋の描き方を学習しました。布に湿らせた粘土に浸し、それを人体模型に着せて観察したのです。実際、ダ・ヴィンチのスケッチを見てみましょう。
着ている人の身体を反映する衣紋線が、まるで生きているかのように描かれています。衣紋にあたるハイライトと影の繊細な描写が、他の誰にも模倣できない完璧なレベルにあると言っても過言ではありません。
ダ・ヴィンチの知的な創造空間は、3DVR美術展『ダ・ヴィンチの5つの部屋』でご覧いただけます。ルネッサンスの美しい音楽もご一緒にどうぞ!
参考:ルーブル美術館サイト
Carmen C. Bambach, Leonardo Da Vinci Rediscovered, New Haven: Yale University Press, 2019.