SOMPO美術館所蔵ファン・ゴッホ作『ひまわり』はどうなるのか?

  • 日本で最も高額作品のひとつ

2023年の初ブログですね。遅ればせながら、本年もダヴィンチ研究所をどうぞよろしくお願いいたします。

ところで、日本に存在する絵画の中で、最も高額作品のひとつがSOMPO美術館が所蔵するフィンセント・ファン・ゴッホ作『ひまわり』です。おそらくトップか、下がっても上位3位以内は、ほぼ確実です。

現SOMPO美術館(現損害保険ジャパン株式会社、元安田火災海上保険株式会社、以下SOMPOジャパン)が入手したのは、今から35年前の1987年3月のこと。クリスティーズのオークションで、当時の価格にして、2475万ポンド(当時日本円換算で約60億円手数料込)で当時のアートオークション市場最高落札額でした。

サインがないため贋作が疑われた時期もありましたが、現在は疑義を唱える人はいないです。

まずは、作品を観ることにしましょう。


フィンセント・ファン・ゴッホ、『ひまわり』、100 x 76cm、SOMPO美術館 Photo: Wikipedia

ファン・ゴッホが残した『ひまわり』11作品(花瓶7作品、切り花4作品)のうちのひとつです。SOMPOジャパンバージョンは、ロンドンナショナルギャラリーのコピー2作品のうちのひとつで、もう1点は、ゴッホ美術館が所有しています。別ブログで絶賛したように、迫力と繊細さが共存するまさに世界的名画です。

実は、ファン・ゴッホ作『ひまわり』は、ひまわりの揺るぎない自然の視覚的パターンまで描かれているようです。というのも、他の絵画と比較したところ、ミツバチが最も多く飛来して、着陸したという実験結果があります。ミツバチの行動に、嘘はないでしょう。


  • ホロコースト没収美術品回収法と関連した訴え

この名画は1930年代まで、ドイツのユダヤ人銀行家であり、アートコレクターだったパウル・フォン・メンデルスゾーン・バルトルディ(1875-1935)によって所有されていました。


パウル・フォン・メンデルスゾーン=バルトルディの肖像、マックス・リバーマン作絵画の白黒写真 Photo: Wikipedia


ところが今、訴訟問題に発展しています。2022年12月にメンデルスゾーン・バルトルディの子孫が、アメリカイリノイ州で訴訟提起したからです。

その98ページにも及ぶ訴えには詳細が書かれていますが、ポイントは次の2点となります:

■ナチスによって売却を強制された作品であるという主張

メンデルスゾーン・バルトルディは、1910年にこの作品を入手し、1934年10月にパリにあったポール・ローゼンバークギャラリーに売却を委託しています。

ナチスがドイツで権力を掌握したのは1933年なので、この売却は、ナチスによる脅威と経済的な重圧にによってユダヤ人であるメンデルスゾーン・バルトルディに強制したものだと主張しています。

■絵画の返還、または市場価値2億5000万ドル、それに加え6億9000万ドルの不当利益返還と7億5000万ドルの懲罰的損害賠償を請求

SOMPOジャパンに対して、絵画の返還だけでなく、巨額の支払いを求めています。

その理由は、本作品が「ナチス政策の犠牲」であった歴史を知りつつも購入を決め、その後も長年調査することなく、自社の広報活動(例えば、2001-2002年シカゴ美術館とゴッホ美術館主催美術展”Van Gogh and Gauguin: The Studio of the South“に出品)に利用して不当に会社を富ませたこととしています。

これに対して、SOMPOジャパンはこれまでに、「いかなる不正行為の申し立てにも断固として拒否し、『ひまわり』の所有権を守ります」という声明を出しています。また最近のブルームバーグの取材によれば、「報道されたような相手方の主張については、まずは適用されるべき法令や事実認識の誤りなどについて、しっかりと法的に争うことになると思うが、現時点では詳細なコメントはできない」としています。


1987年3月30日SOMPOジャパンが『ひまわり』を落札した時のクリスティーズオークション会場、ロンドン Photo: Christies.

  • 鍵となる2点

今後の行く手を決めるのは、次の2点でしょう。

■本当に強制売却であった強い証拠が出てくるのか

今の時点では、ポール・ローゼンバークギャラリーが『ひまわり』の売却後に、メンデルスゾーン・バルトルディに支払った金額が分かっていません。

出ている証拠は、彼が1933年9月から1934年2月のあいだに、他にもゴッホ6点(うち贋作1点)、ルノアール1点、ピカソ5点、ジョルジュ・ブラック3点を売却委託していたことと、その推定売却総額だけです。それだけで、ナチスによって経済的に疲弊させられた結果と推論するには弱いと思われます。

■返還の前例がどう影響するのか

ただし、この訴訟は、メンデルスゾーン・バルトルディの子孫が起こしている一連のひとつにすぎないことは注目しなければなりません。

実に、すでに挙げたメンデルスゾーン・バルトルディが同時期に売却委託した作品のうち、パブロ・ピカソ作『女性の肖像』(ナショナル・ギャラリー・オブ・アート旧蔵)は返還され、同じくパブロ・ピカソ作『アンヘル・フェルナンデス・デソト氏の肖像』(アンドリュー・ロイド=ウェバー旧蔵)はオークションで売却して、その売上を寄付することで合意しています。

返還に応じたナショナル・ギャラリー・オブ・アートの広報は、「『女性の肖像』がナチス所蔵だった証拠は見つからないものの、訴訟の大きな代償と美術館の中核的ミッションからリソースが流用することを避けるために家族の子孫に所有権を移転します。」とワシントンポストの取材に答えています。

これらのケースと異なるのは、SOMPOジャパン非営利組織ではないこと、それと『ひまわり』の市場価格が圧倒的に上である点です。また『ひまわり』が、SOMPOジャパンのアイデンティティとなっていることも企業にとっては簡単な決断ではないはずです。

2016年に施行されたホロコースト没収美術品回収法(HEAR Act)の対象となる作品は、300,000作品と見積もられています。

今後の動向を見守りたいと思います。