絵はライン(線)まで観よう

以前、色について少し触れたことがありますが、今回は「線」に注目いたします。

絵画の構成要素はおおまかに、色・形・線・スペース・テクスチャーです。人間の知覚の特徴から、色に最も気がつきやすいです。

しかし、絵を前にして、線も意識して観ていただけるとその美しさに感動していただけるでしょうし、絵に対する観察力も分析力もレベルアップします。



絵は線から始まる


ブロンボス洞窟で発見された世界最古の線画、約7万7千年前、南アフリカ Photo: theguardian.com

当たり前のことのようですが、絵は、線描から始まっています。

今から7万7千年前の線刻された黄土の破片が、南アフリカで発見されています。現存する最も古い絵画よりも、2万年以上も時代が遡ります。

上の画像では、線が抽象的なパターンを作っています。何かのシンボルでしょうが、私たちの祖先がこの頃から抽象的思考をしていたことは大変興味深いです。


そして線は形を作る


現存する最古の絵画、約51200年前、リアン・カランプアン、スラウェシ島、インドネシア Photo: Griffith University

線が形を作った現存する最古の例が、約51200年前の野生の豚と3人の人間の姿です。インドネシア、スラウェシ島、リアン・カランプアンの洞窟で発見されています。

線は、輪郭を描いていますが、同時に形を作る輪郭線の中は単純に塗りつぶすのではなく、線で埋めています(ハッチング)。輪郭線には、太く濃く描いている個所があり、線による影(シェーディング)を意識した可能性もあるかもしれません。

私たちの祖先の絵の創造性は、当時からかなり発達していたことがわかります。


雄弁な線

優秀な芸術家の線は、2つの側面から雄弁です。ひとつは、表現力の面からです。さまざま感情・ムード・ダイナミックさ・リズム・静寂さなどを伝える線になります。

もうひとつは、技術的な側面で、線を描く筆遣いが巧みで、美しい造形美に感服させられる線描です。有名なアーティストだからといって、すべてがこの技量を持ち合わせているわけではありません。


線のすごい表現力

線の表現力が印象的な絵画といいますと、どんな絵が頭に浮かぶでしょうか。

線描の天才の中でもトップクラスと言えば、葛飾北斎(1760-1849)です。

もともと技術的にも筆遣いの達人ですが、晩年の『富嶽三十六景』では線の表現力を爆発させています。線の表現力が卓越しているということは、すなはち形も素晴らしく、また構図の組み立ての秀逸さにもつながっていきます。


葛飾北斎、『富嶽三十六景ー神奈川沖浪裏』、1831-34、25.7 cm × 37.9 cm、多色刷木版画、Photo:Wikipedia

見慣れている画像ですが、線に注目してみますといかがでしょうか。その天才ぶりに愕然とするのではないでしょうか。印象派の画家たちが敬愛したのもまったく不思議ではないです。

迫真的なカーブ・鳥の足のような波頭・波の質感、奥行・飲み込まれそうな船を描く線の妙技によって、富士山をも凌駕しそうな波の動きやダイナミックさが遺憾なく発揮されています。

この版画では、美しいプルシアンブルー(ベロ藍)に注目しやすいですが、じっくりご覧いただけるとわかるように色は線のアクセントにすぎません。

北斎についてご興味がある方は、「日本人としての教養―なぜ北斎はすごいのか?」でも書いております。


線の表現力が突出した作品を、もう一点挙げておきましょう。


パブロ・ピカソ、『泣く女』、1937、油彩、キャンバス、61 cm × 50 cm、テートギャラリー、Photo: Wikipedia

ピカソも線に注目しながら鑑賞すると、その独創性に言葉を失います。さまざまな線が混在しているのですが、どれも無駄がなく的確で、自信がみなぎっています。

この絵は、ピカソの27歳年下の愛人ドラ・マールをモデルにしたものですが、世界の悩みや傷みを悲しむ「嘆きの聖母」のピカソ版と言えるでしょう。同じ主題で4バージョンを描いています。

涙をぬぐうハンカチ部分に、キュビズムの手法(多視点で見て幾何学的に分解して再構成)が使われています。隠しきれずこみあげてくる悲しい感情を効果的に表現しているのは、まさに線です。


技術的にすごい線

技術的にすごい線の候補はたくさんいますが、最高峰のひとりは、アルブレヒト・デューラー(1471-1528)です。


アルブレヒト・デューラー、『犀』、1512-1515年頃、木版画、紙、ロンドンナショナルギャラリー、Photo: Wikipedia

デューラーは、実際に犀を見たことはなかったので、架空の犀であり、実物とは異なっています。しかしながら、この緻密な線はなかなか肩を並べる者はいないです。しかも、これはドローイングではなく、木版画というのがさらに驚きです!

デューラーは版画家で有名ですが、画家でもあります。ただ、これだけ線が上手いと、色は必要ないといいますか、ずっと美しい線を見ていたい気持ちになります。

実際にディーラーの場合、絵画よりも版画の方により高額がつくような珍しい芸術家なのです。

もうひとり、技術的にすごい線と言えば、やはりレオナルド・ダ・ヴィンチを挙げなければならないでしょう。


レオナルド・ダ・ヴィンチ、『斜め前から見た聖母の頭の右部分』、20.3 x 15.6 cm、黒チョーク、赤チョーク、ペン、インク、メトロポリタン美術館、ニューヨーク、Photo:MET New York

顔を含めて人体を描く線では、ダヴィンチは飛び抜けています。技術力も、表現力も最高峰です。的確な線だけでなく、内面性までが線に宿っているようです。聖母の透明感や、しなやかさが伝わってきます。

とはいうものの、聖母の表情にはくっきりと描かれた線が多用されているわけではありません。チョークを使ってスフマート技法(色を上塗りして立体感や形状を描く)を施してぼかされています。また微妙な影(例えば眼の窪み)は、おびただしい数の線でシェーディングをつけています。

まるで生きているかのような聖母ですね。彼の元来の才能に加えて、彼の解剖を含めた人体研究だったり、日頃の人間観察だったり、技術的探究心の賜物と言えるでしょう。


まとめ

絵を眼の前にするとき、サイズ・色・主題・特徴に興味は奪われがちになります。

線は意識しないと、見逃しがちなのです。でも、絵は、線から始まり、画家の魂は、線が作り出す表現や技術に宿っています。

線に注目し始めますと、皆さんのアートライフはますます深まり、楽しくなるはずです。

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