生成AI時代には「知覚力」が最強な理由

2020年11月に『知覚力を磨く―絵画を観るように世界を見る技法』を上梓してから、早3年が過ぎました。おかげさまで、今日まで知覚力を鍛える研修と日々向き合っております。

さて、その3年間、世界はパンデミック・戦争・異常気象・高インフレとまさに激動でしたが、知覚力のニーズはどう変化しているのでしょうか。そのあたりを考えてみたいと思います。

ところで、ご存じない方のために確認しておきますと、「知覚力」とは、「見るべき情報を逃さず、状況に応じたベストな解釈へと導く力」です。知覚と言っても、ダヴィンチ研究所では全体の約90%を占める視覚を通した知覚に特化した研究を行っています。

結論から申し上げますと、拙著の中で述べた通り、「知覚力」の需要はかつてないほど高まり、他方、パンデミック前まで強調され続けていた「思考力の重要性」はあまり語られなくなりました。お気づきの方もいらっしゃるかもしれません。

現にマッキンゼー・アンド・カンパニーの調査報告によりますと、パンデミック後に必要なソフトスキルとして「高い認知能力」を筆頭に挙げています。

でも、いったいなぜでしょうか?


生成AIの登場


                               Photo: lighthouseguild

ChatGPTの出現は、人間とテクノロジーの共存のあり方をさらに深める機会をくれました。

確かに生成AIは脅威的ですが、人間の知的生産過程プロセスである知覚・思考・コミュニケーションは、機械にとってはいまだ難度が高いことは揺らいでいません。ただ、生成AIの登場によって、その3つの中でも今後のリスキリングでプライオリティの高い開発項目が具体的に判明してきました。

おおまかに言うと、思考とコミュニケーションの一部は、AIに代替されていくけれども、知覚の重要度はさらに高まるということです。

思考について言えば、もちろんAIが実際に考えるようになったわけではないのですが、蓄積された膨大な知識量によっていかにも論理的思考や分析的思考しているかのような回答が可能になりました。今後も、どんどん精度が上がっていくことは確実です。

またコミュニケーションについても、シンプルな回答・説明・報告を求めるのであれば、AIが自分の上司や部下よりも気が利いたことを返してくれることは増えてくるでしょう。それと、AIは、たわいのない雑談もできるようになりました。

その一方、AIが苦手なのは、クリティカルシンキングであり、人を動かす洗練されたレベルのコミュニケーションです。これらをリスキリング項目としてフォーカスする価値は高くなります。


知覚力のニーズが止まらない

  • 生成AIを扱う時に必要なもの

では、知覚力はどうでしょう?

生成AIを上手く使いこなしていくには、主に2つの理由で高い知覚力が求められます。

第一に、フェイクや間違った情報が多いので、見極めが必要だからです。第二に、生成AIから精度の高い回答を引き出すには、問題設定が肝となるからです。有意義な問題設定は、情報を確実にとらえ、状況に応じたベストな解釈をすることで初めて可能になることは言うまでもありません。


Photo: discoveryeye.org

  • ずっと変化の波のりは続く

Photo: The Metropolitan Museum of Art, New York

もはや私たちには変化を止めることができないことは、実感されていることでしょう。計画は、変わるのが前提と心構えた方が正解な今日この頃です。その波を乗りこなすには、世界を常に観察しながらフレキシブルに対応することが不可欠となります。AIのアップデートの方がむしろ時間がかかるかもしれないのです。そのAIの限界を埋めるのは、人間の知覚です。

人はまた、このスピード感あふれる状況下で、コンテクストの中に常に身を置いています。同じ出来事が同じ状況や要件で起きる確率は、ゼロに近いです。それぞれの微妙な文脈に調整していくためには、やはり知覚が物を言います。

この素晴らしい人間的能力をAIに応用しようとGAFAMなどは多額の資金投入を始めましたが、相当ハードルは高いです。というのも、そんなすごいことができる人間の脳の仕組みはいまだ解明されていないからです。


テクノロジーのアップデートだけではダメな理由

テクノロジーの専門的人材さえ手に入れれば、問題解決できるかのように勘違いされることがよくあります。でも実際には、テクノロジーは人間の経験の入り口として機能するだけです。いかに利用して、何を結びつけ、どうやって世界をより良い場所にするかは、入り口そのものの知識だけでなく、周囲にどういう通り道を設計するかの方がむしろ重大で複雑な課題です。

この課題を解けるのは、人間の思考・行動・感情を理解した上で、イメージしていける人材です。それには観察に優れ、共感でき、見えない部分を創造する必要があります。

実にこれらすべては、知覚力と関係するスキルです。テクノロジーと知覚が、未来を開拓するための最も大きな2つの車輪であると言っても過言ではありません。

加えて、すでに指摘したクリティカルシンキングと高度なコミュニケーションを備えると、当たり前とされていることにチャレンジしたり、ステークホルダーを説得したりできるので、他の人が容易に追随できない付加価値がつき、組織・社会・人類の進歩に貢献し続けることになるでしょう。