高額アート購入の波紋
鳥取県が、ポップアートの旗手アンディ・ウォーホールの作品『ブリロの箱』を5箱(オリジナル1箱と作家死後制作品4箱)を2億9145万円で購入したことが話題になりました。2025年にオープンする鳥取県立美術館の目玉として、すでに購入していた同作家の『キャンベルトマトスープ缶』(4554万円)とともに、集客による地域活性化を狙ったものでしたが、あまりに高額な「箱」に波紋が広がり、住民説明会が開催されました。
集客に関しては、今後のプロモーション活動・美術展企画・今後のコレクション形成などにかかっていますが、アート購入は投資でもありますので、肝を抑えていれば他の税金の使途に比べて優位性も十分に見込めます。
ところで、入手したのはいったいどんな作品なのでしょうか。
アンディ・ウォーホールについて
- 人物と芸術性
アンディ・ウォーホール(1928-1987)は、1960年代に隆盛したポップアートという芸術運動で、ジム・ダイン、クレス・オルデンバーグ、ロイ・リキテンシュタイン、ジェームス・ローゼンクイスト、ジャスパー・ジョーンズらとともに活躍したアーティストです。絵画から版画、映像、彫刻、写真などまでマルチメディアを扱いました。
ポップアートの旗手と呼ばれるのは、ポップアートアーティストの中で最も有名となり、絶えずメディアの注目の的だったからでしょう。映画スター並みに人気を博し、1965年フィラデルフィアで開催された回顧展の内覧会場では、人が殺到し過ぎたために、展示物の損傷を恐れて外さなければならない事態が発生しています。
ウォーホールの芸術性をひと言で表せば、「異なるコンテクストにおけるイメージ価値の転移」で成り立っています。例えば、消費社会で量産された没個性的な工業製品が、大衆文化として容認すると、ヒーローのような特別な存在に美化されることになります。1920年代という消費社会の真っ只中に、工業都市ピッツバーグに生まれ、商業デザイナー・イラストレーターとして成功していたウォーホールにとって、イメージの強さとその価値の変異は体験済みだったと言えます。
ウォーホールのレガシーは現在まで衰えを知りません。世界各地で美術展が開催され、彼の生涯は映画やTVドキュメンタリーになり、彼の作品集、伝記は書籍化され続けています。
- 作品とその落札額
ウォーホールの作品は、「ファクトリー(工場)」と呼ばれた彼のスタジオで生まれ、特に量産のためにふさわしい形式である版画(シルクスクリーン)を多用しました。
作品は、アメリカンコミックの主人公(スーパーマン、ミッキーマウスなど)・大衆消費財(キャンベルトマトスープ缶、ブリロ箱など)・有名人(マリリン・モンロー、エルビス・プレスリーなど)・死と惨劇・紙幣・ルネッサンス絵画など多岐に及びます。
そして、それらの作品の価値ですが、彼の死後から上昇し続けています。
2022年5月に『撃ち抜かれたセージブルーのマリリン』は、クリスティーズのオークションで1億9千500万ドル(日本円換算で約253億円)で落札されたばかりです。また、2022年11月16日から始まるサザビーズオークションでは、1960年代制作で最も希少性が高いとされている『白い惨劇(白い車のクラッシュ19回)』が出品される予定で、8000万ドル(約119億円)以上で落札される見込みとなっています。
過去のオークション記録から見ると、圧倒的に高額がつくのが、平面のシルクスクリーン作品です。特に、上記の死と惨劇シリーズ、今でもレジェンドとして世界的に愛されているマリリン・モンローやエルビス・プレスリー、ルネッサンス絵画の作品が、ウォーホール作品の中でも最高額がつくグループとなります。
購入した2作品について
- 『キャンベルトマトスープ缶』
ウォーホールは、キャンベルトマトスープ缶の「平面」と「立体」バージョンを両方制作しています。鳥取県が購入したのは、立体作品です。ウォーホールは、「彫刻」と呼んでいます。1966年バージョンでしょう。次の写真は、同バージョンのひとつです。
この実物大の缶のどこがすごいのかと言いますと、その「レガシー」と「希少性」です。
ウォーホールは、1964年にビアンチーニギャラリーで開催されたポップアーティストたちがコラボした展覧会「アメリカンスーパーマーケット」で大成功しています。スタイリッシュなスーパーマーケットを作り上げて、そこで出品作である卵・肉・野菜・紙袋・箱などがすべて購入可能でした。ちなみに、この時に売られたキャンベルトマトスープ缶は、サイン入りで1作品あたり6ドル(当時日本円換算で2160円)でした。
ところで1966年バージョン『キャンベルトマトスープ缶』とは、この展覧会の後に13個だけ作られたリミテッド版です。13個のうち、11個がアルミ製、2個がブロンズ製でした。アルミ缶の見かけとは異なり、かなり重量もあります。
たまにオークションにも出品されていて、保存状態や来歴によって上下しますが、同バージョンの1点がクリスティーズで2022年7月に7万5千600ドル(約1千5百8万円)で落札されています。
- 『ブリロの箱』
『ブリロの箱』の方は、1964年制作です。同年4月に、ニューヨークのステーブルギャラリーで開催した大規模な個展に出品しています。この箱の他に、『キャンベルトマトスープ缶の箱』『ケロッグコーンフレークの箱』『ハインツトマトケッチャプの箱』などを陳列し、前例のない彫刻展として人々を驚かせました。
この数か月後に、ウォーホールは、凄腕ギャラリストであったレオ・カステリと契約し、まさにポップアーティストとしての成功の階段を駆け上がるきっかけになったとも言える作品です。
『ブリロの箱』もたまにオークションに出てきます。2020年2月にクリスティーズで38万3千250ポンド(約5千2百51万円)で落札されています。一見、段ボールのようですが、合板でできています。
まとめ
アンディ・ウォーホールの人気も、作品価値も上昇し続けています。現時点ですが、『撃ち抜かれたセージブルーのマリリン』が全絵画オークション取引史上の第9位の高額をつけ、パブロ・ピカソ『アルジェの女たちーバージョンO』を抜きました。インフレーションを加味すると金額だけでは簡単に比べられないのですが、いずれにしても、20世紀アーティストの中では、トップティアに入るということですね。
立体作品は需要や保存の見地から、どうしても平面作品に比べて需要が低いので価格も抑えられてしまいます。しかしながら、作品が持つレガシー的価値とリミテッド版ということから、適正価格で購入していれば大きく下がる可能性は少ないと推測します。良好な保存状態を保つことがカギとなるでしょう。
高価なアートは保険額も大きいことがデメリットですが、戦術的な集客やコレクション形成を通して付加価値をつけ、これらの作品購入がアート投資の良い前例のひとつになりますことを期待しています!