『最後の晩餐』は、なぜ革新的なのか?

レオナルド・ダ・ヴィンチ、『最後の晩餐』、1496〜1498年頃、459.7 X 880.1 cm、サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ、ミラノ パロディとしても登場するほど、有名で親しみのある『最後の晩餐』です。しかし、「その革新性は何なのか」については、意外にもあいまいに濁しているのではないでしょうか。 『最後の晩餐』のパロディの一例  bitrebels.comより CR: Unknown artist というわけで、『最後の晩餐』の革新性について考えてみましょう。 作品の概要 どこにあるのか? 『最後の晩餐』は、イタリア、ミラノのサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会(英語では、Church of Holy Mary of Grace)の北側つきあたりの食堂の壁に描かれています。 この教会の東側のドームと本堂と袖廊のクロス部分は、ルネッサンス建築家ドナト・ブラマンテ(1444〜1514)が設計しています。この教会は現在、世界遺産にも登録されています。ミラノを訪れたら、必見の美しいサイトです。 サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会、ミラノ Photo:Marcin Białek レオナルド・ダ・ヴィンチ、『最後の晩餐』、1496〜1498年頃、459.7 X 880.1 cm、サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ、ミラノ Photo: Joyofmuseums (3 January…

奇抜すぎる『洗礼者ヨハネ』

この絵については、暗くて見えないという印象をお持ちだった方も多いのではないでしょうか。 ご心配には及びません。2016年に9か月間をかけた修復が終わり、見えにくかった毛皮の衣服、十字架、髪の毛の一部もはっきりと確認できるようになりました。 15層にも均一ではないワニス(耐候性に優れた透明な塗膜)に覆われていて、それを取り除くのは困難極めたそうです。では、じっくりとご覧ください。 レオナルド・ダ・ヴィンチ、『洗礼者ヨハネ』、1507〜1516、69 cm × 57 cm、油彩、パネル(クルミ材)、ルーブル美術館、パリ ※この『洗礼者ヨハネ』は、3DVR「ダヴィンチの5つの部屋」で観覧できます。ルネッサンスの臨場感をお楽しみください! 作品の概要 内容 洗礼者ヨハネ(紀元前1世紀後半〜28〜36年頃)は、キリスト教絵画で最も頻繁に描写される人物のひとりです。 新約聖書が、洗礼者ヨハネをキリストの前駆者として描写し、キリストをヨルダン川で洗礼したことを記しているため崇敬され、彼のストーリーは絵画化されたのです。 ひとつ有名な例を挙げておきましょう。ダ・ヴィンチが、まだアンドレア・デル・ヴェロッキ工房で修行中だった20代の頃に、ヴェロッキ工房作品として描いた作品です。この絵について詳しくは、改めて触れたいと思っています。 アンドレア・デル・ヴェロッキとその工房、『キリストの洗礼』、1475〜1476、油彩、テンペラ、パネル(ポプラ材)、177 cm × 151 cm、ウフィツィ美術館、フィレンツェ 右側の洗礼者ヨハネが、キリストよりもむしろ大きく描かれていることにご注目ください。また、ダ・ヴィンチ作『洗礼者ヨハネ』の身体的特徴とは相当異なる点にもお気づきいただけるでしょう。 両者に共通するのは、長い十字架です。これは洗礼者ヨハネのアトリビュートのひとつです。また、マタイ福音書(1:6)などには、「ラクダの毛をまとい、腰に皮ベルトをつけ、イナゴと蜂蜜を食べていた」と記されており、このラクダの衣服も彼のシンボルのひとつになっています。 右手は、胸を力強く横切って天を指差し、キリストの到来を伝えています。かすかに浮かべる謎めいた笑みは、『モナ・リザ』を彷彿とさせます。 背景 『洗礼者ヨハネ』が描き始められた動機や時期、いつ完成したのかについては分かっていません。一般的には、晩年最後の6年間、ローマとフランスのアンボワーゼ滞在中に制作されたと考えられています。 また、ダ・ヴィンチが、彫刻家ジョバンニ・フランチェスコ・ルスティチ(1475–1554)がフィレンツェにあるサン・ジョヴァンニ洗礼堂の彫刻『洗礼者ヨハネのパリサイ人とレビ人ヘの教え』(1509)制作にアドバイスした際に、発想を得た可能性もあります。中心で点を指差しているのが、洗礼者ヨハネです。 ジョバンニ・フランチェスコ・ルスティチ、『洗礼者ヨハネのパリサイ人とレビ人ヘの教え』、1509、ブロンズ、サン・ジョヴァンニ洗礼堂、フィレンツェ 写真:Antonio Quattrone, Florence  そして『洗礼者ヨハネ』は、ダ・ヴィンチが最期まで手放さなかった作品であった可能性が高いです。彼の弟子サライ(ジャン・ジャコモ・カプロッティ)の所蔵品リストに「小さくて若い聖ヨハネ」と書かれているからです。 ここが革新的 テクニックの極致 ■究極のスフマート 『洗礼者ヨハネ』が描かれた晩年期に、ダ・ヴィンチのスフマート技法(色彩や明暗の境界が分からないようにぼかす技法)は極致に達していたことが理解できます。 特に顔の部分の技術が高く、柔らかな立体感、幻想的な雰囲気を生み出しています。 レオナルド・ダ・ヴィンチ、『洗礼者ヨハネ』部分、ルーブル美術館、パリ ■大胆なキアロスクーロ…

『サルバトール・ムンディ』の真贋

レオナルド・ダ・ヴィンチあるいは彼と工房による作品、『サルバトール・ムンディ』、1500年頃、45.4cm × 65.6cm、木製パネル(くるみ材)アビダビ・ルーヴル美術館あるいはサウジアラビア王太子ムハンマド・ビン・サルマーン 謎に包まれた『サルバトール・ムンディ Salvator Mundi(Savior of the World) 救世主 』について一読で分かるダイジェスト版です。 『サルバトール・ムンディ』につきましては、別エントリー「ドキュメンタリー映画『ロスト・レオナルド』」も合わせてご覧ください。 またこの『サルバトール・ムンディ』を含むダ・ヴィンチの絵画全作品が、「ダヴィンチの5つの部屋」でご覧いただけます。ルネッサンスの臨場感をお楽しみください! 2017年11月15日 クリスティーズ、ニューヨーク 『サルバトール・ムンディ』のオークション会場、クリスティーズ、ニューヨーク Photo: vanityfair.com 『サルバトール・ムンディ』は、4億5031万2500ドル(当時円換算で手数料を含み約508億円)という美術品の史上最高価格で競り落とされました。 ちなみに過去2番目に高額落札されたのは、パブロ・ピカソ『アルジェの女たちバージョンO』です。2015年5月11日のニューヨーククリスティーズのオークションで1億7940万ドル(当時円換算で手数料を含み約215億円)でした。 当時、アブダビ文化観光省が、アブダビ・ルーブル美術館のために『サルバトール・ムンディ』を購入したとされていました。 現在は、スイスの美術品保管庫、あるいはムハンマド・ビン・サルマーン王太子所有のヨットの中という噂があります。 これまでの経緯 2005年 アメリカ美術商ロバート・サイモンらが、ルイジアナ州ニューオリンズ開催のオークションに出品されていた『サルバトール・ムンディ』を、「ダ・ヴィンチの稚拙な模写にしては何か違う」と感じ、1万ドル(約106万円)で購入しました。 その後、世界的に著名な絵画保存修復士ダイアン・モデスティーニに修復を依頼します。 2006〜2007年 絵画保存修復士ダイアン・モデスティーニが、洗浄後の絵画とインフラレッド透視画像を見ながら、ペンチメント(pentimento)を右手親指に発見します。元の親指は、曲線を描く現状と異なり、よりストレートに伸びていたのです。 ペンチメントとは、下絵の「描き直し」のことで、この絵画が模写ではなく、原画である可能性を示唆します。 洗浄と補修後で、補筆や充填前、2006/2007 © 2011 Salvator…

ダ・ヴィンチのフェイク名言に気をつけよう

インターネットの怖さは、嘘があっという間に拡散することですが、偉人の名言にも同じことが言えます。 最近びっくりしたのは、研究者が書いた記事やオンライン百科事典にも、どこかからコピー、ペーストしたフェイク名言が含まれていてショックでした。別の人の名言と取違えられているケースもありますし、完全に創作されている場合もあります。 レオナルド・ダ・ヴィンチの他に、アルベルト・アインシュタイン、ウィリアム・シェイクスピア、フリードリヒ・ニーチェが多いようです。 ダ・ヴィンチ のよく登場するフェイク名言を挙げておきましょう。 「ルネッサンス時代の人が、言わなさそう」とか、 「ダ・ヴィンチ に寄せようとして出来過ぎている」という印象があるのが特徴です。 Simplicity is the ultimate sophistication. シンプルは、究極の洗練である。 There are three classes of people: Those who see, those who see when they are shown,…

ダ・ヴィンチとコンタクトレンズ

ダ・ヴィンチの人体解剖図は、医学史の 50〜100年も 先を行っていました。 その医学への貢献については、別ブログをご覧ください。 人体解剖図ほどに広くは知られていませんが、ダ・ヴィンチが、医学史の300年先じていた例があります。彼は、コンタクトレンズの発明へとつながる先進的なアイディアを持っていたのです。 コンタクトレンズという着想が本格的に発展し始めたのは、19世紀初頭のこと。そして 1888年に 、 ドイツ医師・サイエンティストであったアドルフ・オイデン・フィック(1829-1901)が 、 最初のコンタクトレンズを完成させています。 そのコンタクトレンズは、次の写真のような厚いグラス製で眼の全体を覆うものでした。痛そうだし、危険そうです。 視力矯正のための世界初のコンタクトレンズ、1888年以降 ダ・ヴィンチが、コンタクトレンズの元祖的アイディアを記録に残したのは、なんと1508年のことです。なんという先見の明でしょうか。 レオナルド・ダ・ヴィンチ、マニュスクリプトD、1508-1509、222 X 160 mm, フランス国立図書館 ダ・ヴィンチは常に、アーティストとして「いかに正確に観察するか」に情熱を傾けていました。特に光が、どのように眼の角膜、瞳孔、水晶体、視神経を通過するのかについて興味を持ち、頻繁に描いています。 ところで上のスケッチは、何を意味するのでしょうか。 ひと言で言えば、ダ・ヴィンチは「視覚を良くするための人工の眼」を作成しようとしていました。 水を入れた球体のグラスで人が顔を覆うと、通常見えないはずの肩のあたりまで見ることが可能になります。なぜなら、水が入った透明な凸状の表面が、周辺視野からの光を屈折させることによって瞳孔に集中させることができるからです。 こうしたダヴィンチの「光の屈折を利用して視力をより向上させたい」という願望は、その後も長い間引き継がれたようです。 ダヴィンチの死後、1世紀余を経てからも、哲学者/サイエンティストであったルネ・デカルト(1596-1650)が熱心に研究していたことが分かります。 ルネ・デカルト、視力を完璧にする手段、『 La Dioptrique 』、1637. 写真:The…

ダ・ヴィンチの人体解剖図

アートの領域だけでなく、植物学、光学、地質学などサイエンスの領域へも踏み込んだダ・ヴィンチですが、彼が最も関心を持っていたひとつが人体解剖学です。 ダ・ヴィンチは、約30体の人体を解剖したとされています。そして緻密な観察から、史上初の正確な人体解剖図を描きました。 残念ながら、その偉業は1900年まで出版されませんでしたが、もしも彼の死後まもなく書物として流布していれば、半世紀から1世紀早く、人間の人体への理解は深まっていたことでしょう。 と言うのは、50年程遅れて、医師・解剖学者だったアンドレアス・ヴェサリウスが『人体構造論(ファブリカ)』と 『人体構造の梗概(エピトメー)』 を出版して「近代人体解剖学の祖」と呼ばれているからです。 また、ダ・ヴィンチの測定的な観察については、さらに50年下リ、医学に定量的アプローチをもたらした医師・生理学者サントーリオ・サントーリオに匹敵するとも言われています。 アンドレア・ヴェサリウス著、『人体構造論』、190ページ 上のヴェサリウス著のドローイングは、ティツィアーノ・ヴェチェリオの弟子であったジャン・スティーブン・カルカー(1499?〜1546)とされています。医学書というのが信じられないドラマ仕立てで面白いです。 ダ・ヴィンチの人体解剖図は150シートが現存し、イギリス王室コレクションに保存されています。 そして興味深いのは、 ダ・ヴィンチ が1489年、そして1507〜11年に集中して人体解剖図制作に没頭していることです。 レオナルド・ダ・ヴィンチ、『切断した頭蓋骨』、1489、18.8 x 13.4cm、イギリス王立コレクション、Royal Collection Trust / © Her Majesty Queen Elizabeth II 2020 最も早い時期におこなった人体解剖のひとつが、1489年4月で頭蓋骨でした。ダ・ヴィンチは、脳と身体の関係を知り、絵画制作のために役立てたかったと記しています。 その後 1510〜1511年 に、20体もの人体を次々に解剖しています。パヴィア大学解剖学教授マルカントニオ・デル・トッレ(1481-1511)との共同作業だったようです。…

ダ・ヴィンチ没後500年を称える美術展

レオナルド・ダ・ヴィンチの没後500年(2019)に、世界各地で生前の偉業を称える壮大な美術展が開催されました。その主なものを挙げてあります。 真作として世界的に認められている15の絵画作品のうち、いずれかに触れられるまたとないチャンスでした。 Leonard da Vinci: A Life In Drawing クィーンズギャラリー、バッキンガム宮殿 2019年5月24日〜 2019年 10月 13日 `レオナルド・ダ・ヴィンチ、分断された頭蓋骨、1489、イギリス王室コレクション Leonardo da Vinci: A Mind in Motion 大英図書館、2019年6月7日〜 2019年 9月8日 ダ・ヴィンチの3つの手稿:アランデル手稿、フォースター手稿、レスター手稿に焦点を合わせた展覧会です。手稿について詳しくは、Resource を御覧ください。 Leonardo da Vinci's the…