『知覚力を磨く』読者のみなさまへ

改めまして、『知覚力を磨く:絵画を観察するように世界を見る技法』をお読みいただきましてありがとうございます!

このページでは、巻末の画像について、本の内容のノウハウを使った観察例を挙げておきます。では、さっそく観ていきましょう。



全体図を意識しながら、TPO(時間、場所、状況)と基本的要素をざっと把握します。TPOは、特定できるでしょうか?基本的要素については、部屋、4人の人物、椅子、カーテンが挙げられるでしょう。大まかにあたりをつける感覚で大丈夫です。

では次に、観るべきものを逃さないように、組織的に観察しましょう。この画像の場合、4人の人物が描かれているのでシンプルに4分割します。


  • フォーカルポイントの女性

まず、焦点である女性から観察しましょう。ブルーの椅子に弱々しくもたれかかっている20代前後に見える女性は、顔色が悪く、眼がうつろで我を失ったような表情しています。

身に着けているのは、ドレスというよりもベージュ色の寝巻で、さらに同色の長いケープを頭から肩に羽織っています。ということは、彼女の家で病気になっている可能性があります。

その女性が、右手首を差し出しているのは、威厳のありそうな60代前後といった男性です。

それと、女性が座っているブルーの椅子の脚の部分には、はっきりと影ができていることも注目に値します。彼女にとって左方向(画面向かって右から)から照明があたっている証となります。


  • 左側の男性

女性が右手首を差し出しているその男性は、3本の指を女性の手首にあてて脈を測っている様子です。父親あるいは医師の往診かもしれません。しかし、服装を観ると、家の中で茶色の厚手のマントを着用しています。ということは、父親ではなく、医師の可能性が高くなります。

また、マントから、寒い季節であることが推測できます。頬が紅潮しているのは、寒い屋外からやってきたためなのかもしれません。男性の怪訝そうな表情が特徴的です。



  • 心配そうに見守る女性

若い女性の傍らで、母親、祖母、あるいは看護師と思われる女性が心配そうに娘、孫、あるいは患者を見つめています。

椅子の背に左手を回してうろたえ気味で、訴えかけるような表情は、看護師というよりは、家族でしょう。着衣も、若い女性と同じような色と素材の寝巻のように見えます。頭に被り物をしているのと、全身が見えないことから年齢の判別が難しく、それ以上には特定できません。


  • 背後の少年

女性の背後の4人目の少年を観察します。少年に注目してみると、家の中にいるのではなく、外から窓ごしにカーテンが開かれた家の中を覗き見ていることが分かります。外は暗がりです。

彼の表情を観ると、どうしたことか場違いの笑みを浮かべています。いったい彼は誰なのでしょう?彼は、何かを手に握っています。眼を凝らして観てみましょう。

それは、2本の矢ではありませんか。矢の色は金色にも見えます。さらに少年は、左手の人差し指を矢の一本に向け、女性を射抜いたことを示唆しています。なんと、少年はキューピッドだったのです。



  • 総合評価

遂に全体図を読み取れるほどに、パズルのピースが揃いました。念のため、全体図をもう一度見晴らしましょう。ブラインドスポットや周縁部の見落としはなさそうですね。

では、これまでの解釈を総合評価しながら、ベストな選択肢を導いてみましょう。

「ある寒い夜のこと、20代前後の女性は自宅で具合が悪くなる。顔色が悪く、意識朦朧としているため、病気が疑われる。そこに医師が往診にやってきて、脈拍を確認するが診断がつかない。母(あるいは祖母)は、娘の病状をひどく心配でたまらない。そんな状況下で、キューピッドがカーテンが開いた窓から覗き込みながら、自分が矢で射抜いたことを恋の病であることを打ち明けている状況」


  • この画像について

この画像は、19世紀初期に制作された《若い女性の脈拍を測る困惑した医師》です。肖像画で有名なイギリス画家ジョン・オピエ(1761-1807)の絵画をもとに、ウィリアム・ワード(1766-1826)がメゾチント版画という手法で仕上げた作品です。当時、イギリスでは人気のある画題でしたが、オピエがこの絵画を制作した経緯について詳しいことはわかっていません。


  • さらなるブラッシュアップへ

さて、手ごたえはいかがでしたでしょうか?

知覚力を働かせると、何の知識がない画像でも、ここまで解明することができます。この要領はもちろん、絵画だけでなく、周りの世界を見るときにも応用できます。未知なる状況も、解きほぐれていくのです。

絵画をツールとすると、知覚力を押し上げ、思考力、コミュニケーション力までを一気に、しかも手軽に鍛えることができます。当研究所では、そうしたトレーニングプログラムを各種ご提供しています。ご興味がございましたら、ぜひその詳細をご高覧ください。

それでは、読者のみなさまの知覚力アップと知的生産の向上をお祈りしております。時節柄、くれぐれもご自愛ください!