ダ・ヴィンチの人体解剖図

アートの領域だけでなく、植物学、光学、地質学などサイエンスの領域へも踏み込んだダ・ヴィンチですが、彼が最も関心を持っていたひとつが人体解剖学です。

ダ・ヴィンチは、約30体の人体を解剖したとされています。そして緻密な観察から、史上初の正確な人体解剖図を描きました。

残念ながら、その偉業は1900年まで出版されませんでしたが、もしも彼の死後まもなく書物として流布していれば、半世紀から1世紀早く、人間の人体への理解は深まっていたことでしょう。

と言うのは、50年程遅れて、医師・解剖学者だったアンドレアス・ヴェサリウスが『人体構造論(ファブリカ)』と 『人体構造の梗概(エピトメー)』 を出版して「近代人体解剖学の祖」と呼ばれているからです。

また、ダ・ヴィンチの測定的な観察については、さらに50年下リ、医学に定量的アプローチをもたらした医師・生理学者サントーリオ・サントーリオに匹敵するとも言われています。


アンドレア・ヴェサリウス著、『人体構造論』、190ページ

上のヴェサリウス著のドローイングは、ティツィアーノ・ヴェチェリオの弟子であったジャン・スティーブン・カルカー(1499?〜1546)とされています。医学書というのが信じられないドラマ仕立てで面白いです。

ダ・ヴィンチの人体解剖図は150シートが現存し、イギリス王室コレクションに保存されています。

そして興味深いのは、 ダ・ヴィンチ が1489年、そして1507〜11年に集中して人体解剖図制作に没頭していることです。


レオナルド・ダ・ヴィンチ、『切断した頭蓋骨』、1489、18.8 x 13.4cm、イギリス王立コレクション、Royal Collection Trust / © Her Majesty Queen Elizabeth II 2020

最も早い時期におこなった人体解剖のひとつが、1489年4月で頭蓋骨でした。ダ・ヴィンチは、脳と身体の関係を知り、絵画制作のために役立てたかったと記しています。

その後 1510〜1511年 に、20体もの人体を次々に解剖しています。パヴィア大学解剖学教授マルカントニオ・デル・トッレ(1481-1511)との共同作業だったようです。

この時にダ・ヴィンチが着目したのは、「骨と筋肉」でした。


レオナルド・ダ・ヴィンチ、『肩と上肢の筋肉、足の骨』、28.9 x 20.1 cm、1510〜1511、 イギリス王室コレクション、 Royal Collection Trust / © Her Majesty Queen Elizabeth II 2020

杉田玄白『解体新書』と比較していただくと、違いが分かりやすいかもしれません。ダ・ヴィンチはただ正確に詳細に描いているのではなく、見やすくするための工夫しています。具体的には、三次元的にするために陰影を施し、複雑で細密な要素を強調しています。

1511年にマルカントニオ・デル・トッレ を疫病で失い、解剖できる死体の手配が難しくなったことで、5年余に及んだ集中的な人体解剖図制作は終焉を迎えます。

ダ・ヴィンチの人体解剖図は、データに基づいたサイエンスであるとともに、美しいアートであり、それらの融合による大きな可能性を証明しているのです。

このダ・ヴィンチの人体解剖図を含むドローイングや絵画全作品が、「ダヴィンチの5つの部屋」でご覧いただけます。ルネッサンスの臨場感をお楽しみください!