『モナ・リザ』の風景画

風景画の場所を特定したい人々

  • 今回の場所は正しいのか?

レオナルド・ダ・ヴィンチ、『モナ・リザ』、1503年より制作開始、77 cm × 53 cm、油彩、パネル(ポプラ材)、ルーブル美術館、パリ

2024年5月、地質学者・美術史学者アン・ピッツォルッソが、『モナ・リザ』の背景の場所を特定したことを発表しました。

彼女は、イタリア北部ロンバルディア州、レッコであると言います。その理由として、レッコに存在する2つの湖コモ湖とガルラーテ湖沿岸の地形・アッツォーネ・ヴィスコンティ橋(14世紀)・山々の連なり・石灰岩の地質を上げています。

コモ湖と『モナ・リザ』向かって左奥の水域の比較は、次のようになります。


コモ湖沿岸と『モナ・リザ』向かって左奥の水域の比較

そして、次がアッツォーネ・ヴィスコンティ橋と右のアーチ型の橋を比べています。


14世紀に作られたアッツォーネ・ヴスコンティ橋と
『モナ・リザ』向かって右のアーチ型の橋の比較

ピッツォルッソは、特にレッコの石灰岩ダ・ヴィンチが使った灰白色との合致を強調しています。というのも、ヨーロッパでアーチ型の橋は珍しくないですし、絵では湖のスケールが分からないので、なかなかその形状やサイズを比較するのは難しいからでしょう。

ただし、ダ・ヴィンチが使った灰白色は、彼の他の絵でも山並みを描いたりするために使用されているので、『モナ・リザ』の岩がすなはちレッコの石灰岩と見るのはかなり勇み足な印象です。

加えて、レッコと関連づけられたのは今回が初めてではありません。

2016年にレッコ出身の研究者によって、『モナ・リザ』の背景はレッコのコモ湖とガルラーテ湖付近の4つの風景を組み合わせたものである見解が発表されています。残念ながら、地元で取り上げられただけでグローバルニュースにはなりませんでした。


  • これまでの特定場所

実はこれまでも、『モナ・リザ』の背景を特定しようとする試みは繰り返されてきました。

2023年には、イタリア歴史学者シルヴァーノ・ヴィンチェッティが、向かって右側の橋を、トスカーナ州アレッツオ県ラテリーナにあったロミート・ディ・ラテリーナ橋(現在、ひとつのアーチを除いて崩壊)であると特定しています。ラテリーナの地質学的な相似性も指摘しています。

ラテリーナの岩柱と『モナ・リザ』の山並みの比較は、下記の通りです。確かに似ていますね。


ラテリーナの岩柱と『モナ・リザ』向かって左の山並みとの比較 写真:guardian.com

さらに遡って、2011年には、イタリア美術史学者カーラ・グローリは、『モナ・リザ』の向かって左の曲がりくねった道と橋は、イタリア北部エミリア=ロマーニャ州ピアチェンツァ県のボッビオであると特定していました。

他にもさまざまな場所として特定されていますが、確かに似ているものの、どの案も確証には至りそうもないのが特徴です。

世界一有名な絵画の背景が特定できれば、研究者としても名声につながりますし、その場所が観光地となるのは疑いがないので商業的な目論見も特定する試みを後押ししているのかもしれません。


ダ・ヴィンチの風景画

一方、美術史から展望すると、ダ・ヴィンチの風景画の場所を特定する試みはあまり意味がないです。

というのも、ダ・ヴィンチは、背景の風景画として、実在の風景そのものを写生することはありませんでした。ダ・ヴィンチが例外なのではなく、当時の他の画家もそうでした。

ダ・ヴィンチは、「人物の背景ではない風景画」も描いていますが、この『アルノ谷の風景』も彼が子供時代に育った場所の写生ではなく、彼のイマージネーションとの再構成と言われています。


レオナルド・ダ・ヴィンチ、『アルノ谷の風景』、1473, インク、ペン、190 х 285 mm、ウフィツィ美術館

人物画の背景としての風景画となると、さらに実在する風景から解離している可能性があります。なぜなら、これまでダ・ヴィンチが眼にしたきた自然を、彼自身の解釈・イマジネーションに加えて主体との関連性を考慮しながら、理想的なバックドロップ幕として再構成したものだからです。


聖なる人々がいる風景

なぜダ・ヴィンチがそういった手法を用いたかというと、中世から続く宗教画の流れがあります。

神や聖人を描く時、その風景は、天国でもなければ、実在する世俗の地でもありません。絵に求められるのは、聖なる人々がこの世に存在する神々しさであり、その場所は不特定であるべきだったからです。

モナ・リザは聖人ではありませんが、背景を再構成する傾向は当時、人間を描いたときも踏襲されています。風景画が実在した場所を写したようにリアルさを増してくるのは、16世紀初期でダ・ヴィンチよりも時代がやや下ります。例えば、次のような作品があります。


アルブレヒト・アルトドーファー、『歩道橋のある風景』、1518-20年頃、
油彩、板、41.2 x 35.5 cm、ナショナルギャラリー、ロンドン

ですので、ダ・ヴィンチの風景画の場所を特定するのはあまり意味がないわけです。それよりも、いかに再構成しているのか(色・コンポジション・モチーフの特徴・主体との関係・彼のイマジネーションの源泉など)をじっくり観察した方が、ダ・ヴィンチの絵を理解するためにはずっと有意義と言えるでしょう。

『モナ・リザはなぜ名画なのか?Part I』もぜひご高覧ください!