Q & A
- 質問
まず、質問します。2023年に入場者数が多かったのは、AとBのどちらでしょうか?
A. 大英博物館 (世界最初の公立博物館で訪問者数では常にトップ10に君臨)
B.アウターネット、ロンドン(ヨーロッパ最大のデジタル展スペース)
- 回答
答えは、Bです。あの大御所の大英博物館の入場者数が583万人、アウターネットロンドンには、なんと625万人が訪れました。世界一の入場者数を誇るルーヴル美術館は886万人でしたから、設立後たった1年でここまで多くの人々を牽引したのは本当に驚異的です。
この無視できないアートトレンドについて、ご一緒に掘り下げることにしましょう。
さて、「没入型アート体験」と言ってもその形態はさまざまです。ここではオフラインでアートの中に没入しながら五感を通して臨場感を体感できる展覧会にフォーカスします。バーチャルに美術館体験ができるオンライン美術館は除外しますのでご了承ください。
没入型アート体験のはじまり
没入型アート体験を世界で初めて公開したのは、その目的に特化してオープンしたパリのアトリエ・デ・リュミエール (Culture spacesによって設立 )です。2018年4月のことでした。
その際に3つの展覧会を同時公開したのですが、そのうち最も注目を浴びたのがウィーン分離派の中心人物グスタフ・クリムト展でした。クリムト(1862-1918)作品についてはお馴染みの方も多いでしょう。
クリムトに特徴的なゴールドと細密な装飾性が、巨大スクリーンに広がり、文字通り彼の世界に没入することができます。その上、同時代のエゴン・シーレ(1890-1918)や、クリムトから多大な影響の受けたフリーデンスライヒ・フンデルトヴァッサー (1928-2000) の作品も映し出されて比較できるようになっていました。
2018年は、振り返れば没入型アート体験元年でした。同年わずか2か月遅れで、東京にも本格的デジタルアートミュージアムが誕生し、素晴らしい没入型アート体験が可能になりました。
それが、お台場の「MORI Building DIGITAL ART MUSEUM 森ビルデジタルアート美術館: TeamLab Borderless チームラボボーダレス」です(2022年で閉館し、2024年2月上旬からは麻布台ヒルズに移転予定)。
ボーダレスは、「鑑賞者も作品の一部として溶け込んでいく」を意味するそうで、まさに没入型アート体験の核心を背負っていく意気込みが感じられます。
チームラボの強み、前述のCulture Spacesが既存の有名な作品を扱うのとは異なり、独自のユニークな作品のみを扱うことで、最新テクノロジスト+コンテンポラリーアーティスト両面で世界的な地位を確立していきました。今や日本2拠点(豊洲とまもなく開館予定の麻布台)の他、中国とアブダビ(建設中)でもミュージアムを展開しています。
最近の没入型アート体験の展示
最近話題になった没入型アート体験の例を上げておきましょう。上記Culture Spaces, TeamLabが着実に進化する中で、ライバルも次々と抬頭してきています。
ラスベガスには巨大な球体型アリーナ「スフィア」があり、VRによる没入体験型のコンサートや映画などが行われています。
そして2023年9月、遂にその球体の表面がプログラミング可能なLEDパネルで覆われました。様々なイメージが現れて非常に興味深いのですが、一例として生成AIアーティストとして活躍するレフィック・アナドルが製作した作品が次の写真となります。
動画の方は、レフィック・アナドルのウェブからご覧ください。かなり面白いです!
もうひとつご紹介したいのは、2023年2月ロンドンのライトルーム(Lightroom)で開催されたデビット・ホックニーの展覧会「Bigger and Closer (not smaller and further away)」です。
約50分間の映像の中に、ホックニーの60年間の画業を凝縮し、クラシック音楽とホックニー自身のナラティブを流しました。
ホックニーの白昼夢のような絵に没入するのは楽しいのですが、批評家のレビューを見ると、「本来の作品の良さが引き出せていない」というような評価が残念ながら主流でした。
個人的にはプロデュースの仕方が原因というよりは、ホックニーの絵自体が巨大画面にしっくりこないように感じました。没入型に合う合わないがあることを実感した次第です。
伝統型か没入型か?
没入型アート体験がかなり盛り上がっているため、その美術教育への効果についても最近研究が進められています。
これまでの研究を簡単にまとめますと、1)とにかく五感への刺激が大きいこと、2)観覧者の集中力が高いことが判っています。この2つは、教育にとって非常に重要な要素なので、単なるエンターテイメント以上の価値はもたらされるでしょう。
ただ刺激が強すぎて、観察や思考の方は散漫になるのが欠点かもしれません。このあたりの研究結果もいずれ出てくるでしょう。
まとめ
たった5年間で没入型アート体験の人気が急伸したせいで、伝統的な美術館やギャラリーは戦々恐々としています。来場者数を増やすために、どういったテクノロジーをどこに導入するのかは喫緊の課題となっています。
ただ伝統的な美術館は魅力的な作品を展示し続ける限り、没入型の影響で極端に鑑賞者を減らすことはないと予測します。やはり世界でひとつだけの本物のアートを自分の視界で鑑賞できるのは、テクノロジーが作り出す迫力とは別種の好奇心を満たすからです。それにテクノロジー慣れして、逆にヒューマンタッチの方に魅力を感じる時代も意外にすぐそこまで来ているのかもしれません。
いまちょうどファンゴッホの没入型展覧会「ゴッホ・アライブ東京展」(2024年3月31日まで)が、寺田倉庫G1ビルで開催中ですから、まだ没入型を未経験のお近くの方は、百聞は一見にしかずです。