ヨーロッパで最高額となった作品
前ブログでは、相次いで高額落札されたグルタフ・クリムト『Insel im Attersee (アッター湖の島)』と『白樺の森』を比較しながら、アートの値段が決まる目安についてお話したばかりです。
そしてつい先日6月27日に、クリムトの別作品『扇子を持つ女』が、サザビーズ、ロンドンのオークションでそれらを上回る8530万ポンド(約156億円)、またヨーロッパオークション最高額で落札されました!
ついでながら絶好の機会ですので、この名画についても理解を深めておきたいと思います。
ちなみに、ヨーロッパにおける最高落札額は、アルベルト・ジャコメッティ作のブロンズ彫刻『歩く男 I (L’Homme Qui Marche I)』で、2010年2月に6500万ポンド(日本円換算約89億円)でした。
『扇子を持つ女』とは?
クリムトが、インフルエンザで55歳で亡くなったのが1918年2月です。つまり、本作品は、彼の最後の肖像画であり、傑作となります。実際に、彼が亡くなった時、なんとこの作品がイーゼルに置かれたままだったのです。
その制作時期は、クリムトの最も有名な作品が描かれた「ゴールドの時代」から下ること、10年。とは言え、55歳という若さで、まだまだ過去を超える作品に対する意欲にあふれていたはずです。現に、『扇子を持つ女』は、「ゴールドの時代」の超有名作品『キス』とは色のトーンや質感が異なることに一目でお気づきいただけるでしょう。新たな挑戦を試みていた証ではないでしょうか。
従来からの装飾芸術からの影響を継続するものの、新しい要素――アンリ・マティスの軽快な筆、フィンセント・ファン・ゴッホの鮮やかな色彩、浮世絵の遠近感――を巧みに取り入れています。
『扇子を持つ女』は、委託されて描かれた肖像画ではありません。そのため、クリムトはこれから目指す彼の創造世界を、自由自在に作り上げることができたわけです。
女性の周りのモチーフは、日本や中国で縁起の良い鳳凰(左)と鶴(右)です。また、仏教のシンボルでもある睡蓮が描かれています。女性は誰かはわかっていませんが、手に持つ扇も、まとっているローブも中国風です。これらのアジア的要素が、特定の女性というよりは、普遍的な美女のイメージに高揚させています。
オークションの結果について
- 競ったのは中国系らしい
縁起物が描かれているから特に関心を引いたのかもしれませんが、オークションで最後まで競ったのは、中国本土と香港の中国系2名のようです。結局は、後者の方に落札されました。
前回この『扇子を持つ女』が落札されたのは、1994年5月のことでした。その30年前の落札額は、1160万ドル(当時日本円11億8千万円)でした。
そして今や、貨幣価値を考慮しなければ、ざっくり15倍となり、昨年11月にクリムト作品の最高額約147億5千万をつけた『白樺の森』をあっさりと抜きました。
- なぜ最高額を出したのか?
前回と今回に渡って、最近オークションに出品されたクリムトの3絵画作品『Insel im Attersee (アッター湖の島)』、『白樺の森』、『扇子を持つ女』を見てきました。
これらは、絵画のサイズはほとんど同じですし、落札時期もさほど変わりません。でも落札額は、それぞれ異なり、『扇子を持つ女』は、クリムトの超有名作品の制作時期にズレがあるのもかかわらず、他2作品よりも高額をつけました。いったいなぜでしょうか?
その主な理由は、「肖像画」であった点です。やはり、クリムトのイノベーションは、風景画よりも、肖像画であり、彼の偉業が美術史上燦然と輝く理由なのです。
もしも彼のゴールドの時代の肖像画が出品されれば、最高額を更新するはずです(経済事情などの要因は読めませんが…)。その一方、『扇子を持つ女』は、最後の肖像画という強力なストーリーを持っています。加えて、別の作風へステップアップする意欲が作品全体に散りばめられています。これらの点によって、クリムトファンが何が何でも入手したいと切望することは容易に想像できます。
まとめ
オークションでのアートの値段の決まり方について見てきました。
ところで、「AI に予測させれば、より正確ではないか?」と思われた方がいらっしゃったかもしれません。
実際に、オークションハウスも過去データのディープラーニングに相当な投資をしています。
ところが現時点では、AIよりも、人間の方が正確なことが分かっています。人間の正解率は、クリスティーズで41%、サザビーズは37%という調査があります。AI は、このレベルには達していません。
アートの世界では少なくともしばらくは、これまでお話した評価基準と人間の鋭い眼は不可欠なのです。