今回のクリスティーズ、ロンドンでのオークション「オールドマスターズプリント」の動きは、非常に興味深かったです。
「コロナの影響が、何百万円代のアート市場にどう出るのか?」
にも興味がありましたが、最も高値が予想されていたデューラーの『メランコリアI』は撤退となり、注目されていた他の3点のうち2点には、最後の最後までビッターが現れなかったからです。
このまま見送られてしまうのかと思いきや、やっぱりデューラーの根強いファンがこの機会を見逃すわけはありません。ギリギリで勝負に出て来て、見積もり額の範囲以内で獲得していきました。
では、注目の版画の結果を見ておきましょう。なお、オークションに出品された版画そのもののサイズ、質を確認したい方は、クリスティーズサイトをご覧ください。ここでは、メトロポリタン美術館所蔵の画像でご紹介しています。
デューラー晩年期の傑作のひとつです。デューラーには珍しい横長のフォーマットです。キューブが集まった町の景観と、身体を丸めて熱心に読書する聖アントニオを対比させる構図が秀逸です。
聖大アントニオス(250〜350年頃)は、キリスト教最初の修道士であり、修道士生活を広めた人物です。彼を主題とした絵と言えば、彼のエジプトの砂漠での修行中に悪魔に誘惑されるシーンが一般的です。
ということは、このデューラーの版画は当時、聖大アントニオスの新鮮な側面をとらえた作品として話題になったことは間違いありません。
落札額は、3万5000ドル(日本円約375万円)でした。
デューラーの円熟期の傑作3作―『書斎の聖ヒエロニムス』、『メランコリア I』『騎士、死、悪魔 I』―の中の1作です。しかしその中でも当時最高に人気があったのが、この作品であったことをデューラーは日記に書いています。
聖ヒエロニムスの「ヘブライ語やギリシャ語の研究者としての側面」をとらえた作品です。彼のイコノグラフィー(ライオン、十字架上のキリスト、枢機卿の帽子、骸骨)がバランスよく配されています。ステンドグラスから差し込む光とその影の描写も見事としか言いようがありません。
落札額は、6万2500ドル(日本円にして約669万円)でした。
デューラーのエングレービングの中では、最大の大きさです。デューラーはまだ30歳で、ちょうど実力が開花し始めた頃の作品です。動物の描写が息を呑むような精密さであることにお気づきいただけるでしょう。
その内容は、ローマ帝国トラキヤス帝の将軍プラキドゥス(聖エウスタキウスの洗礼前の名前)のキリスト教への改宗の瞬間です。狩猟に出たプラキドゥスは、牡鹿(右奥)の角の間に十字架上のキリストの幻想を見ると同時に、神の声に導かれて家族と一緒に洗礼を受けることになります。名前もエウスタキウスと改名されます。
今回のオークションに出品された『聖エウスタキウス』は、「ハイクラウン」と呼ばれる透かしが入った1480〜1525年に使用されていた紙が使用されていました。
つまり、デューラーの存命中に摺られていたということになります。摺りの状態も、深み、コントラストともに優れた稀少性の高い一点でした。
というわけで、落札額は、今回オークションで最高額8万7500ドル(日本円にして約936万円)でした。
デューラーの初期、円熟期、晩年期の作品がそれぞれに高値をつけ、大変面白いオークションとなりました。
おまけですが、デューラーとともに、人気の高い版画が何と言ってもレンブラントです。次の『イタリアの景観の中で読書する聖ヒエロニム』も今回高額で取引されています。
すでにご紹介したデューラーの聖ヒエロニムス作品『書斎の聖ヒエロニムス』と比較してみると、お互いの独自性がよく分かります。レンブラントの作品は、4万ドル(日本円で約428万円)で取引されました。