今、ちょうどアルブレヒト・デューラー版画作品のオークションが、クリスティーズ、ロンドンで開催されていますので、その素晴らしさに触れておきたいと思います。
ダ・ヴィンチやラファエロといったルネッサンス絵画がとんでもない高額なのに比べて、デューラーの版画であれば、何十万円単位の作品もあり、購入を検討できるという楽しみもあります。
アルブレヒト・デューラーについて
アルブレヒト・デューラー(1471〜1528)は、ドイツ、ニュルンベルク出身の画家、版画家、科学者、人道主義者です。
イタリアへの旅を通じて、アンドレア・マンテーニャ(1431〜1506)やジョヴァンニ・ベッリーニ(1430〜1516)の影響を受け、ルネッサンスをドイツへ持ち込むとともに、イタリアでも高い評価を得ています。北ヨーロッパのレオナルド・ダ・ヴィンチか、ラファエロかと言ってもいいかもしれません。
デューラーは、画家としても優れていましたが、彼が追随を許さない圧倒的な才能を開花させたのは、何と言っても版画です。
デューラーの父は、ハンガリーから移住した熟練した金細工師で、その18人の子供のひとりとして生まれました。彼の祖父も、金細工師から、印刷業、出版業へと成功しています。
その恵まれた遺伝子と環境を開花させたのは、彼がわずか13歳の時でした。その確かな腕で彫られた線描には驚嘆するしかありません。
デューラーの出世作
デューラーの出世作は、木版画シリーズ『黙示録』です。
黙示録とは、1世紀後半に新約聖書の最後にあるヨハネが書いた聖典です。彼がパトモス島で見た世界の終末、人類の運命についての啓示を記しています。
15世紀末のドイツは、伝染病、農民一揆、宗教的対立など不穏な空気に包まれていたため、デューラーの『黙示録』は多くの人々の心をつかみました。
15シートから成る『黙示録』の4番目で、最も有名なのが『四人の騎手(四騎士とも)』です。2019年1月クリスティーズのオークションで、 61万2,500ドル(日本円で約6615万円)で取引されています。
四騎手は、キリストが封印した7つのうち、4つを解いた時に召集され、剣、飢饉、野獣、伝染病をもたらす最後の審判への前兆です。
木版画とは信じられない流麗な線に魅了されます。それぞれの人物の表情の豊かさにもご注目ください。モノトーンな版画にもかかわらず、色がついているかのように多様な線で楽しませてくれるのが、版画の魅力です。
円熟期の始まり
木版画シリーズ『黙示録』から数年後、デューラーは、理想的な人間のプロポーションを彫れる技術を習得したことを証明します。
デューラーは、ダ・ヴィンチと同様に、人間のプロポーションについて熱心に研究していました。
その成果は、彼の著作『計測マニュアル Underweysung der Messung』(1525年出版)と『人体比率についての4巻 Vier Bücher von menschlichen Proportion』(1528年出版)に集大成されています。
もちろん人間だけでなく、蛇のうろこ、鳥の羽毛、猫の毛皮、樹木の幹などまであらゆる質感を繊細にとらえ、息を呑みます。
『アダムとイヴ』は、2013年1月のクリスティーズ、ニューヨークのオークションで、66万2500ドル(日本円で約7751万円)で落札されました。
次々に傑作を生む
1514〜1515年は、デューラーにとって特別に充実した時期でした。と言うのも、傑作と言われるエングレービング三作とあの有名なサイの木版画を制作しているからです。
エングレービング三作とは、『書斎の聖ヒエロニムス』、『メランコリア I』『騎士、死、悪魔 I』です。その一枚が、次の作品です。
均整のとれた構図の中で、あらゆる事物の触感が伝わってきます。暖かい日差しが差し込む書斎でまどろむライオンと犬が、観る者を平和な気持ちにさせてくれます。
そして1515年に、あの『サイ』が制作されています。美術史では、動物と言えばまずこのイメージが頭に浮かぶと言っても過言ではありません。
本物と比べておきましょう。
ディーラーは、サイの実物を見たことがありませんでした。1515年5月20日にインドから、ポルトガル王マヌエル1世へのギフトとしてサイが到着しました。それを見た無名のアーティストが作成したスケッチと説明を元に、この作品を制作しています。
にもかかわらず、デューラーの架空のサイの影響力は大きく、18世紀後半まで、ヨーロッパにおいて本物のサイのイメージとして浸透していました。
デューラー作『サイ』は、2013年1月のクリスティーズ、ニューヨークのオークションで、86 万6千500ドル(日本円で約7856万円) で落札されています。
いかがでしょうか。版画が苦手という方も、デューラーの傑作からは特別なインスピレーションを感じていただけるに違いありません。