19世紀イギリス画家ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー(1775-1851)の生誕250年にあたり、イギリスを中心に世界各地で美術展が予定されています。
主なものは次の通りです:
1.ウォーカー・アート・ギャラリー開催「ターナー:常にコンテポラリー」(2025年10月25日〜2026年2月22日)
2.ターナー・ハウス開催「ターナーの王国:美・鳥・動物」(2025年4月23日〜2026年10月26日)
3.イェール・ブリティッシュ・アートセンター開催「J. M. W. ターナー: ロマンスとリアリティ」(2025年4月23日〜2026年10月26日)
4.テート・ブリテン開催「ターナーとコンスタブル」(2025年11月27日〜2026年4月12日)
美術館同士が申し合わせたのかどうかはわかりませんが、これらの4つの美術展のテーマを合わせると、ターナーの全体像がおおよそつかめます。
そこで今回は、それら4つのテーマのカギとなる作品を見ながら、イギリスが誇る巨匠ターナーを一気に理解してしまいましょう。

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「常にコンテポラリー」

ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー、『解体されるために最後の停泊地に曳かれてゆく戦艦テメレール号』、1799年頃、74.3X58.4 cm、油彩、キャンバス、ナショナルギャラリー、ロンドン
「常にコンテポラリー」というのは、2つの意味でターナーにぴったりの言葉です。
まず、彼は当時、迅速に進んでいた産業化の波を克明にとらえていたからです。
例えば、20ポンド紙幣の裏面にも印刷されていて、ターナー作品の中でも最も有名な『解体されるために最後の停泊地に曳かれてゆく戦艦テメレール号』があります。この作品をご存じの方も多いのではないでしょうか。
絵のタイトルには「戦艦テメレール号」が入っていますし、1805年のトラファルガーの戦いでフランス・スペイン連合軍に勝利したときに大活躍した戦艦ですので、往々にして絵の主役は、戦艦テメレール号と考えてしまいます。実際に、インターネット上ではそうした解説が多いです。
でも真の主役(少なくともターナーにとっての)は、戦艦テメレール号の活躍と引退ではなく、それをけん引している褐色の蒸気船の方なのです。サイズが小さく、豪華さもありませんが、蒸気を上げながら力強く進む当時の最先端のテクノロジーをターナーは描いたのです。
ターナーが「常にコンテポラリー」であるもうひとつの理由は、ターナーの光や空気感や水の描き方です。特に1830年代以降の作品から抽象化傾向が進むにつれて、ますます高まったムードや感情が伝わってきます。
次の『雨、蒸気、速度――グレート・ウェスタン鉄道』をご覧いただくと、ムードや感情がマックスに炸裂していることを感じていただけるでしょう。
絵画の近代化は、ターナーからすでに始まっていたことを改めて痛感させられます。

卓越したドローイング力と色彩感覚

ターナーというと、風景画家と思いきや、実は動物・鳥・魚の習作も多数残しています。
例えば、彼のパトロンだったウオルター・フォークス(1769–1825)の邸宅ファーンリーホールに滞在した1808 年から1824年のあいだには、周辺の自然を描いたスケッチ、絵画を描いています。
ターナーの色彩の幅には目を見張るものがありますが、この『孔雀の頭』を見ると、その天才的な色彩感覚は集中した自然学習によって育てられたものと言えるかもしれません。
ターナーは鳥をスケッチするだけでなく、本物の羽をスケッチブックに張り付けていたそうです。
ロマンとリアルの統合

この作品は、カルタゴ将軍ハンニバル(BC247-BC183)によって紀元前218年に決行されたアルプス越えを描写しています。ローマに直接侵入するためのハンニバルの戦略ですが、過酷な気候と、現地の諸部族の抵抗に遭遇して過酷な様子がとらえられています。
実際の歴史的事実(リアル)を、ターナーのイマジネーションでロマンティックに表現するのが、ターナーの真骨頂です。
雪崩れと黒い嵐がカルタゴ軍に襲い掛かると同時に、太陽が雲の隙間からのぞいています。危機と希望がドラマティックにとらえられています。雨、風、雲が織りなす渦巻きは、その後の作品にもたびたび登場します。
ターナーとコンスタブルのライバル関係
ターナーを語るとき、やはり見逃せないのが、生涯にわたってランバルだったジョン・コンスタブル(1776-1837)の存在と関係性です。
ターナーとコンスタブルは、1歳違いで、19世紀イギリスの風景画家の2大巨匠として運命づけられ、比較され続けられました。
コンスタブルは水に、ターナーは火にたとえられています。彼らの画風も、人生もそのくらい真逆でした。
コンスタブルは、自然を忠実に描くことに専心した画家です。他方、ターナーは、ドラマティックで表現豊かに感情まで伝えます。同時期の彼らの作品を比較してみましょう。まずは、コンスタブルです。

ローヤルアカデミー・オブ・アーツ、ロンドン
『跳ね馬』は、コンスタブルが手掛けた大画面シリーズの一枚です。「自然に忠実に」という意味がひと目でご理解いただけるのではないでしょうか。草木のトーンが丁寧に選ばれていて、彼以上に緑色を美しく描ける画家はなかなか思い浮かぶません。
これだけ大きな画面にもかかわらず、画面構成にも隙がなく、引き込まれるような臨場感を感じることができます。
では、ターナーの同時期の作品を見てみましょう。

さて比較するといかがでしょうか。
コンスタブルが牧歌的なら、ターナーは抒情的というかポエムのような絵の印象ですね。
緑色の代わりに、黄色のトーンが画面いっぱいに使用されています。ターナーの過度な黄色好きは当時は、批評家たちに揶揄されましたが、今見ると、過去を美しくとどめる役割を果たし、また同系色の使用が時代の先を行っていたとも言えます。
個性的な二人の画家がライバルとなり、意識的にも無意識的にも切磋琢磨しながら、イギリスの風景画をけん引したことは、ターナーを理解するためには頭に入れておくべきでしょう。
まとめ
ターナー生誕250年ということで、彼の主な特徴を概観してみました。
整理いたしますと、ターナーは、題材も技術も常にアップデートし続け、自然観察から学習し、ロマンとリアルを合体させた作品を生み、コンスタブルとともに成長し、19世紀イギリス風景画の最も偉大な巨匠として広く認知されています。
ターナーは多作で、ご紹介できなかった良い作品がたくさんあります。ご興味ある方はぜひとも、皆さんご自身で探索してみてくださいね。
コンスタブルも甲乙つけがたい素晴らしい画家でして、特に大画面シリーズも圧巻です!